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第135話Detach③

そんな汚いものを、誰が自ら舐めるというのか。 けれど言いなりにならなければハルを守ることはできない。 「どうした、早くしろよ」 嫌悪と、ハルを裏切ってしまうような不安が口を開かせなかった。 ただ怯えるしかなくて、何も出来ないまま時間が過ぎていく。 「なんだよ、口でしたことねえのかぁ?じゃあ舌出せ、ほら」 薄く笑いながらそう要求される。 逆らってはいけないと分かってはいるのだが、恐怖で固まってしまった体は思うように動かせず、口を固く閉ざしてしまう。 「…出せって言ってんだよ」 明らかにイラついた様子で更にそれを押し付けてくる。 目をぎゅっと瞑って痙攣する唇を僅かに開いて舌を出した。 その瞬間口内に男のものが捩じ込まれ、喉の奥を突く。今すぐそれを吐き出したいのに、仰向けに寝ている俺は頭を動かすこともできず、腰を突き動かされる度に募る不快感で口がいっぱいになった。 「おら、目ぇ開けろ」 「ん゛っ…ん…う゛」 「開けろよ。ちゃんと自分が何を咥えてんのか見ろ!」 それでも目を開けられない。 屈辱よりも何よりも、恐怖と後悔、そしてハルへの罪悪感で何も見られなかった。 それが気に入らなかったのか、今度は何か硬い無機質なもので腕を強く殴られる。 「ん゛う…っ!」 あまりの痛みに目を開くと、その手には木製のスーツハンガーが握られているのがわかる。 また、男のそれが嫌でも目に入ってしまった。 「舌、絡めろよ…もっと」 前髪を掴まれて、口の中が汚されていく。 辛い 苦しい どうして、どうして俺はいつもこうなんだろう。 産まれてきたのが間違いだったから、最初から幸せになってはいけないと決まっていたのかもしれない。 幸せの熱に浮かされて舞い上がっていたところを突き落とされた。 愛してるという言葉に簡単に惑わされてしまった。こんな薄っぺらい言葉は今まで何度も両親から聞かされていたのに。 本当に欲しかったのは、ハルがくれるような本当の愛だった。 心から愛してほしい。必要としてほしい。 だから俺はハルのために自分を犠牲にする。 自分が汚れることなんて何でもないはずなのに、悔しくて、ハルに合わせる顔もない。 「舌動かせ…サボるな」 理解はしているのに言われた通りにできない。 今更プライドを捨てられない訳では無いが、大人しく従うのには少なからず抵抗があった。 変わっていない。小学生の時から何も。 俺は強くなってなんかいなかった。 どんなに喧嘩が強くなっても、心は弱いままだ。 男の腰の動きが早くなって、苦しさも比例していく。僅かに口角の上がる口からは酒臭い興奮した吐息が絶え間なく漏れ出している。 「お前をこうしてると、あの女を犯してるみたいで爽快だな」 俺は母親によく顔が似ていた。 俺に手を出すようになったきっかけもおそらくそこにあったのだと思う。 「…そろそろ、出すぞ」 その言葉に目を見開く。 嫌だ 気持ち悪い 助けを求めることなど無駄だと分かっているのに、心の中で何度もハルの名前を叫ぶ。 どちらにせよ、俺が黙っている限りハルは助けに来ない。でもそれが結果的にハルを守ることになる。 ハルのためなら我慢できるはずなのに心は傷ついていく一方だ。自分の体が汚されていくことが許せないのは、きっとこの体がハルのものである自覚が強いからだろう。 ハルが知ったらどう思うだろうか。 心配するか、叱ってくれるか、いや、きっと軽蔑する。この前恋人になったばかりの相手が他の人間に体をいいようにさせているのだから。 ハルに嫌われてもいいという気持ちで臨んだつもりだったが、それに反して嫌われたくない、愛されていたいという思いが強くなっていった。 「ん…っんぐ…う…ん!」 「その顔にぶっかけてやるよ」 いきなりそれが口から引き抜かれると、生暖かいものが顔に勢いよくかかった。 鼻をつくその匂いに吐き気を抑えられない。 「はぁ…っ…はは、どうだ、嬉しいか。もっと上手くやれると思ったんだがな。一緒に住んでるオトモダチともやってたんじゃないのか」 「ち…がう、違う」 「じゃあどうやって病院の息子なんかに取り入ったんだよ。どうせ股開いたんだろ」 下品に笑い、また俺を見下ろす。 こうやって見つめられると、体は決まって動かなくなってしまうのだった。 「もっと泣き叫ぶと思ってたけどな、こういうの慣れてるんじゃないのか」 「ちがう…」 「泣くなら泣けよ。お前の泣き顔が一番そそるんだ」 心ではずっと泣き叫んでいた。 けれど涙は見せられない。俺が涙を見せていいのはハルだけだから。 「お前も勃ってねえとつまらねえな。好きなんだろ、こういうの」 違う。誰が好き好んでお前みたいなやつと そう言いたくても声は出ない。 あの時から俺に許されていたのは泣くことと大人しく従うことだけだった。 叫ぶことも、抵抗することも、母親に助けを求めることもしてはいけない。 「っ…あ…ぁん…い、やだ…」 「その声で男を誘ってるんだろ、俺にもいつもみたく媚びてみろよ」 「ちが…ちがっ…あっ…」 自分のものを緩く扱かれると、感じたくもないのに体は勝手に反応してしまう。 どんなに歯を食いしばっても、その不快な愛撫に呼応して声が漏れていく。 「お前はそうなるように俺が仕込んだんだ。もう女なんて抱けねえよ、お前にはこれがお似合いだ」 「も…はなし…て」 「そんな事言って感じてるんだろ、淫乱」 俺はそんなんじゃない。 違う 違う 違う 頭を振り乱しても強制的に与えられる快感は変わらず、全身に力が入ってピンと足が伸びた。 「おっと、まだイクなよ」 「はぁっ…あ…あ」 根元をぎゅっと掴まれ、射精を阻止される。見られながら呆気なく達することが無くて助かったが、その寸止めされた辛さはじわじわと自分を追い詰めた。 「お前、ここも使わせたんだろ?」 〝ここ〟といいながら後孔に手を添えられ、全身に鳥肌が立つ。 否定なのか拒否なのか自分でもわからないが、必死になって首を横に振った。 「じゃあ確かめてみるか」 そう言って指が中に入ってくるのかと思いきや、指を腹の上に滑らせる。 何をするのかと思っていると、その指は臍の辺りを通過して下腹部のある一点で止まった。 そして少しだけ圧力をかけながらぐりぐりとそこを押される。 「っ…ん!あ、あっやだ!いっ…あぁ!」 背中が弓のように反って跳ね、体が痙攣する。 何が起こったのか自分でも理解ができず、困惑の表情を浮かべたままただ呆然とした。 その感覚はまるで中から前立腺を刺激されて達してしまったときのそれのようで、なぜそうなったのかも分からない。 「中で何度もイッてるやつはこれだけでも感じるんだってよ、やっぱりお前もそうだったか」 「ち…が…」 「違くねえんだよ!」 今度はハンガーで胴を殴られる。上半身には既に大きめの痛々しい痣がいくつか出来ていた。 「やっぱりお前もあの女と同じアバズレじゃねえか、親に似たんだなぁ?」 抗議したいのに、先程の自分の痴態を見られた上で何か言うことは出来なかった。 「初めてじゃないならいいよな」 「な…にを…」 「わかってんだろ。焦らなくてもすぐに入れてやるよ」 ドクンと心臓が大きく脈打つ。 ハルを守るためでも、それだけは阻止したかった。 ハル以外の、しかも血の繋がった元父親にこのまま犯されてしまったら、もうあの家に戻ることさえできなくなる気がしていた。 「それだけは…それだけは本当に…!」 「なんだよ、初めてじゃねえんだろ」 「な…なんでも、する…それ以外ならなんでもする…だから!」 これですら屈辱的だった。けれどこうしなければ、俺は本当にハルの隣にいる資格などなくなってしまう。 「…指は突っ込まれたくねえってことか?」 「お願い…します…本当に、俺は」 「まぁ、解さなくても慣れてるなら入るか」 何か言おうとした瞬間、まだ解してもいないそこにただ先走りで濡れただけの男のものがいきなり挿入された。

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