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第144話Cruel Truth

あれから毎日学校には行ってみたけれど、月曜日も、火曜日も、水曜日も、木曜日も、金曜日も勇也は学校に来なかった。 勇也のクラスでは、体育祭を控えているのに足の速い奴に休まれては困ると騒いでいた。 当たり前だけれど、皆何も知らない。 まだあの家にいるのかどうかすら分からない。 今日は土曜日。恐らく勇也がメールの相手に会いに行っている日。 止めに行くわけにもいかない。土曜日というだけで落ち着かなくて、また早い時間に目が覚めてしまった。 そんな中、早朝だというのにどこからか喧騒が聞こえてくる。 上杉さんの方でなにかあったのだろうか。 これからもう一度眠れそうにもないので、音のする方へ向かって歩いた。 突き当たりの廊下で、顔馴染みの下っ端二人と出くわす。二人とも困惑の表情を浮かべているから、やはりなにか非常事態のようだ。 『遥人くん、ちょうど良かった』 「え、俺…?」 『虎次郎さんが呼んでんだ。ちょっと厄介なやつを捕まえてな』 厄介なやつ…この前言っていた、この組と病院の周りを嗅ぎ回っている連中のことだろうか。 「それって、この前の騒動に関わってた組と関係ある?」 『あぁ、その通りだ。とはいっても、今回そいつが起こした一件は個人的に動いてただけらしいがな』 『それがたまたま俺らの目について捕まっちまったもんだから、あっちの組も切り捨てるなり消すなりの処理はするだろう』 なんだか嫌な胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。 俺は何も関係ないはずなのに。 けれど呼び出されたということは俺も少なからず繋がりがあるはずだ。 『まぁ、今回の件は大したことねえんだ。危険でもなんでもない』 「何があったの」 『違法なことしてる店があるっていうんで調べてたらたまたまそいつが見つかっただけさ。本当に偶然だけどな』 二人の話を聞いて、奥に進んでいく。 何故わざわざ頭である上杉さんがそんな小さな問題に手をつけている? そもそも俺を呼び出す意味はなんなのだろう。父の命が狙われているとでも言うのか。 「上杉さん、一体何が…」 「遥人!お前…知ってたのか?」 「待ってよ、何の話?」 そこに転がっていたのは、縛られて薄ら笑みを浮かべた男。 その男に見覚えはない。 「だから、こいつが…!」 「お前が小笠原遥人かぁ?」 上杉さんが話そうとするのをその転がっていた男が遮る。 「誰だよ…お前」 「おいおい、目上の人には敬語を使うのが常識だろぉ?」 上杉さんはその男を睨んで軽く肩を踏みつける。 痛みに顔を歪めるものの、その男は気味悪く笑い続けていた。 「こいつは三浦祐介…双木勇也の元父親だ」 ドクンと心臓が脈を打つ。 何故だかその事実を確認しただけで、自分の霧に隠れていた胸騒ぎの正体が徐々に姿を現してきている気がした。 「はは…俺の息子をよぉく可愛がってくれてたみたいだな」 「お前、まさか」 「小笠原遥人に危害を与えて欲しくなかったら黙って俺に抱かれろって言ったんだけどさぁ…お前の名前出したらすんなり受け入れるんだよ、笑っちゃうよなぁ」 嘘だ それじゃあ勇也がずっと黙っていたのは 俺を拒むようになったのは 浴室にずっと篭っていたのは 俺が勇也に、してしまったことは 「おい遥人、それ以上はよせ!」 「はぁっ…はぁ…死ね…死ね!!!」 上杉さんに取り押さえられてようやく我に返る。 目の前の男は顔の原型を留めなくなるほど殴られていた。恐らく俺がやったのだろうけれど。 騒ぎを聞きつけたのか謙太が部屋に入ってきて、上杉さんの代わりに俺を押さえる。 「なんでだよ…なんでだよ!!」 「落ち着け小笠原!その男はもう気を失っている。下手したら死ぬぞ」 「いいだろ死んだって!だって勇也は…勇也は!!」 そこまで言って顔を思い切り叩かれる。 痛みに耐えて前を向くと、鋭い目つきの上杉さんがこちらを見据えていた。 「お前は…今一番しなくちゃなんねえ事があるだろ!」 俺が、しなくてはならないこと。 言わないと、勇也に。 謝らないと。 「こいつは俺達の方でなんとかしておく。車を出してやるから早く準備を…おい、どこ行くんだ!」 「勇也のところ」 気づけば走り出していた。 家まではそれなりの距離があるから、車で行った方がいいのかもしれない。 けれどそんなの待っていられなかった。 会いたい、会わなきゃいけない 最低だ。一度家を出て行った時にどうして学ばなかった。 もう一人になんてさせない。 早く 早く 息も切れてきた頃、ポツポツと頭に何かが垂れてくるのに気づく。 次第にそれは激しい音をたてて全身を濡らしていった。 滑って足がもつれて転びそうになる。 こんなところで立ち止まれない。 濡れて顔に張り付く髪の毛をかきあげてひたすらに家を目指して走る。 傘をさして散歩する老夫婦から変な目で見られたけれど、そんなことも気にならない。 家に勇也がいる確証は無かったけれど、会いたい気持ちばかりが先走っていた。 30分ほど走り続けてようやく家に着く。 幸いポケットにはカードキーが入っていて、震える手で慎重に鍵を開けた。 扉を開いてすぐに勇也を探して叫ぶ。 「勇也、勇也!いるんだったら返事して。俺、俺…」 どこかから、か細い声で自分の名前を呼ぶ声がした。 声の方を見ると、浴室の扉が開きっぱなしになっている。 勇也はまだ家にいてくれた。早く顔を見たくて浴室に入ると、浴槽の淵に手をかけてもたれている姿が見えた。 「勇也…?なに、やって」 目を閉じたまま青白い顔をしている勇也。 赤く赤く染まっていく浴槽。 目の前で起きていることを理解するには衝撃が強すぎて、あまりにも残酷だった。

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