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第151話Nursing
目が覚めると、目の前にはハルがいる。
ハルのいる夜が、ハルのいる朝が、全てが幸せに感じてしまう。
昨日は疲れているようだったし、さんざん迷惑と心配をかけてしまったので、朝食くらい自分が作らなくてはと思い布団を出ようとした。
すると、抱き締めていたハルの体が妙に熱いことに気づく。
昨日から何かおかしいとは思っていたが、この熱さは異常な気がした。
「おい、ハル…大丈夫か?」
「ん…おはよ、勇也」
目が少し潤んでいて、息苦しそうだ。
やはり風邪をひいているのかもしれない。
「ちょっと体温計持ってくるから、大人しくしてろよ」
「なんで…?わかった」
自分の部屋にずっと置きっぱなしになっていた体温計を取ってきて、ハルの体温を計る。
表示された数字は37.8度。微熱のようだ。
「少し高いな…お前平熱は?」
「ん〜35度くらい…」
「やっぱり風邪ひいてんじゃねえか。昨日無理したからか?」
「あー…朝雨降ってて、傘ささずに走ったからかな」
きっと真相を知って、すぐにここまで駆けつけてくれたんだ。
この時期だから自然乾燥でも何とかなるのだろうが、体はきっと冷えたに違いない。
「無理させて悪かったな。今日は俺が看病するから」
「いいのに、そんなの」
「お、俺だって…」
言葉が詰まり、その先が言えなくなる。
ハルはその大きな瞳を見開いて首をかしげた。
「お前のこと…大切に、したいから」
「好き…」
「は?なんだよいきなり…」
顔を覆ってそう呟いたハルの耳が赤くなっているのが分かる。
よくこうやっているのを見るが、耳を隠せていないのに顔を覆う必要はあるのだろうか。
「あまりにも好きすぎてその…溢れ出てきて思わず声に出しちゃうというか」
「意味わかんねえ、とりあえずお前は寝てろよ」
「せっかく家事やるって言ったのになあ…」
一階に降りて顔を洗い、鏡を見る。昨日よりかは大分顔色もマシになってきたようだ。
冷蔵庫の中を探すと野菜室にリンゴがあったので、それを剃って器に入れ、スプーンを添えて二階へ上がった。
風邪をひいているときの朝食だったらこれくらいで充分だろう。
「ハル、リンゴ剃ってきたけど食えるか?」
「食べる…勇也が食べさせて」
「これくらい自分で…分かった、体起こせ」
今日くらいハルの我儘に付き合ってやろうと思った。
いつも我儘なのには変わりないが、こいつがこうやって甘えられるのは俺に対してだけだ。
毎日聞いてやるわけにはいかないけれど、風邪をひいている時くらい甘やかしてやりたい。
「おいしい」
「…良かった」
「勇也、よく笑うようになったね」
「そうか?」
あまり自覚は無かった。ハルと一緒にいると自然と口元が緩んでしまうのかもしれない。
今はハルが自分の側にいるというだけで嬉しいから、尚更緩みやすくなっていた。
「泣き顔も可愛いけど、笑ってる方がいいね。でも俺以外にそんな顔見せちゃダメだよ」
「そんな顔って言われても自分じゃわかんねえよ」
他人に見せてはいけない程変な顔をしていただろうか。
元々自分の顔は好きではないし、いつも目付きが悪いからどんな顔をして笑うのかも自分では知らなかった。
「…キスしたい」
「駄目だ、風邪移るだろ」
「いいじゃん、一緒に風邪ひこうよ」
流石にここまでの我儘は聞いていられない。誰が看病すると思っているんだ、全く。
ハルの頭を掴み、頬に不器用な口付けをする。
自分でしておいて恥ずかしくなってしまい、すぐにハルから視線をそらした。
「今は…これで我慢な」
「も、もう一回…」
「もう一回なんてねえよ!…その、気が向いたらしてやってもいいけど」
恥ずかしさがピークに達してしまい、リンゴが入っていた容器が空になったのを確認して、それを持ってまた下の階に降りた。
今までどんな風にハルと関わっていたか分からない。
と言っても恋人になろうと言われた日のうちにあの男に会ってしまったから、考える暇もなかったのだが。
落ち着いてから必要なものを準備してハルの部屋に戻ろうとすると、インターホンの音が聞こえてきた。
急に呼吸が苦しくなる。何かを思い出してしまいそうだ。
もしあの扉の向こうにあの男がいたら、そう思うと怖くて扉に近づくことができなかった。
「ハル…助け…ハル!」
無意識に名前を呼んでしまう。俺は階段付近の廊下で動くことができない。
ハルだって風邪をひいているのだから無理に降りてきたりなどはさせたくなかった。
けれど上の階から焦ったような足音が聞こえてきて、すぐにハルの姿が見える。
「大丈夫、大丈夫だよ。どうしたの?」
優しく抱きしめられるが、ハルの体は熱を持っていて息も苦しそうだ。
また迷惑をかけてしまった、そう思っているとその気持ちを読み取られてしまったのかハルに頭を撫でられた。
「俺は大丈夫だよ、勇也の側にいてあげることがなにより大事だから。安心していいよ」
ハルの胸に頭をもたれて体重を預ける。
後ろの方で玄関の扉が開く音がして肩が震え、それを押さえるようにハルは抱きしめる力を強めた。
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