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第153話Nursing③

午後1時頃になると、佳代子さんが部屋へ呼びに来た。 「失礼するわね、ご飯できたけど、二人とも食べられそうかしら?」 「俺は大丈夫です。こいつは、起こせば起きると思いますけど…」 「無理に起こさなくても大丈夫よ」 佳代子さんがそういう前に、ハルの肩をいつも起こすように揺すってしまった。 するとハルは寝ぼけているのか、半分目を開いた状態で起き上がる。 「もう朝…?」 「悪い、昼飯だから起こそうと思って」 「ご飯…?ああ、佳代子さんか」 「おうどんなんだけど、食べられる?」 ハルは寝ぼけたまま頷いて、目をこすりながら一緒に下へ降りた。 佳代子さんの作ったうどんは出汁がよくきいていて、野菜も入っているので病人には最適だった。 「まだ外は暑いし、冷たい方が良かったかしら」 「ううん、あったかいほうがいいや。なんか寒気するから。ありがと佳代子さん」 「ありがとうございます…いただきます」 一口食べてみるがやはり美味しい。今度作り方を聞いてみよう。 ハルはうどんもどうやらあまり食べたことがないらしく、太めの素麺だと思っていたようだ。 「勇也、にんじんあげる」 「いらねえよ自分で食え」 「好き嫌いはよくないよ、あげる」 「てめぇが嫌いなだけだろうが」 佳代子さんは笑いながらその様子を見守っていた。何を思ったのか、佳代子さんまで急に変なことを言い出す。 「双木さんが食べさせてあげれば食べてくれるわよ、きっと」 「何言ってるんですか佳代子さん!それにそんなのでこいつが食べるわけ…」 「俺もそんな気がするから食べさせて、勇也」 二人ともニコニコしながら俺が動くのを待っているので、仕方なく箸でハルの器の人参を掴み、口元へ運んでやる。 「ほら、口開けろ」 「あっつ!ねえ、わざとなの?」 「お前が早く口開かねえからだろ」 「もう、二人ともご飯中にはしゃがないの!」 そう言っている佳代子さんも楽しそうに笑っていた。 お茶を一口飲んで、今度は少し落ち着いた調子で話し出す。 「…少し、お話してもいいかしら」 「今回のこと?」 「ええ。あなたのお父さんや上杉くんから少しだけ聞いたけれど、二人とも私が責めることはできないわ」 だから家に来たとき、俺の容態をすぐに察してくれたのだろうか。 「辛い思いして、死にたくなってしまうようなこともあったのかもしれない。それでもよく頑張ってこれたわね」 「佳代子さんには…いつも助けられてます」 あの時佳代子さんが来ていなければ、きっと俺は何も口にしないままどんどん憔悴していっただろう。 この人はいつだって手助けをしてくれる。 「私は何もしてない。あなた達がお互いを大切に思うことができたから、今こうして一緒にここにいられるのよ」 「でも佳代子さんがいなかったら俺、もっと危なかったと思います」 「私は深入りするのが怖かっただけなのよ…何でもわかったつもりみたいな物言いばかりしてしまって後悔してたから、双木さんがそう言ってくれるのはとても嬉しいわ」 「勇也を、俺達を助けてくれてありがとね、佳代子さん」 佳代子さんは目を細めて、何か懐かしいものを見るように微笑んだ。 「過ぎた時っていうのは元に戻せない。だからあなた達は今の時間を大切に過ごしてちょうだいね」 「はい…ありがとうございます」 「昔も、同じような言葉をかけていれば何か変わっていたのかもしれないわね」 何の話か分からずついそれを顔に出してしまうと、佳代子さんは「こっちの話よ」と言ってまた笑った。 「さて、それじゃあ二人ともゆっくり休むのよ。元気に学校に行けたらいいけど、無理はしないでね」 「あ、もう帰る時間か。ありがと、佳代子さん」 「ありがとうございました」 「どういたしまして。今は家の方も色々大変でね…上杉くんのところもだと思うけど、気持ちを強く持たないとダメね」 玄関まで佳代子さんを見送り、扉が閉じると家の中は一気に静かになった。 「ほんと…あの人はいい人すぎるよね」 「いつも感服させられる」 「…ねえ、突然で悪いんだけどキスしてもいい?」 言った通りあまりにも唐突で、間の抜けた顔をしてしまう。 そもそも午前中に駄目だと言ったばかりなのに、こいつには学習能力が欠けているのかもしれない。 「駄目って言っただろ」 「きつい感染症じゃないし、マスク越しならいいでしょ?誰も見てないんだからさ」 「一日くらい我慢しろよ」 「ダメ…?お願い」 ハルはまるで捨て犬のような目でこちらを見つめてくる。 ダメかどうか聞かれてしまうと断りづらい。未だにハルのお願いに弱いのは変わらなかった。 「あーくそ…一回だけだからな」 「やっぱり勇也ってちょろいよね」 「あ?なんか言ったか」 「ううん、何も」 一体どのタイミングですればいいのか迷っていると、いきなり肩を掴まれる。 反射的に目をつぶって身構えると、マスクの布越しにハルの唇が重なったのがわかった。 思っていたよりも長く、苦しくなってハルの胸を叩くと、布が下へずれて直で唇が触れる。 「んっ…おいお前」 舌を入れてくることはしなかったが、ハルの唇は顔中に触れていき、下の方へ滑って首元に強く吸い付いた。 「なに、して…」 「ん?マーキング」 「馬鹿、もうやめろって」 ハルの頭を叩いて制止し、ようやく体が離れた。 付けられた痕を手でなぞると、何故だか熱を持っているような気がした。 ハルのものであるという印。マスクを取ったことに関してはふざけるなと言いたいところだが、つけられた印については嫌な気分はしなかった。 すっかりハルに絆され染められていることに、あまり自覚はないのかったのかもしれない。

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