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第154話
「いいからお前はさっさと寝ろ。夕飯は俺が作るから…先に風呂でも入っとけ」
「勇也一人で寂しくない?」
「寂しくねえよさっさとしろ」
「寂しくなったら呼んでいいからね」
ハルは俺のことを幼稚園児かなにかだと思っているのだろうか。
けれど不安になったとき、ハルが側にいないとどうしようもなくなってしまうのは事実だ。
あいつは精神安定剤の役割を果たしているのかもしれない。
夕飯の支度をしている間にハルは言いつけた通り風呂に入っていたようだが妙に出てくるのが遅い。
別に心配するほどのことでもないのかもしれないが、気になるので浴室を覗いてみることにした。
「おい、遅くないか」
声をかけてみたが返事がない。
「ハル?どうした」
もう一度声をかけてしばらく待つがやはり何も返ってこなかった。
「入るぞ」
中へ入ると、浴槽に入ったハルは目を閉じたままでいる。血の気が引いて、ハルの肩を掴んで揺さぶった。
「おい、おい…!」
必死に呼びかけるとハルは小さく唸って目を開いた。
「ゆうや…どしたの?」
「は…?お前もしかして、寝て…」
「なんか怖いことあった?よしよし、大丈夫だよ〜」
人がどれほど心配したかも知らないで、呆然とする俺の体を抱き寄せて頭を撫でた。
濡れたハルの髪から滴る水が首筋に垂れて冷たい。
「お前…また寝ぼけてんのか」
「ん…?お風呂?」
「体冷えるから早くあがれ。もう飯できるから」
「ん〜分かっ、た…」
風呂場を後にしようとすると、またハルが寝始めてしまったので浴槽から出そうと引っ張るがビクともしない。
「寝るな!起きろって!」
「勇也が一緒じゃなきゃ嫌だ…」
「今ここにいるだろうが!」
「学校でも一緒にいてくれる?」
なぜ急に学校の話をし始めたのだろう。
寝ぼけているハルは本当に面倒くさい。会話が成り立たないのはいつものことだが、話しても埒が明かない。
「登下校も休み時間も弁当食う時も一緒にいてやるから。今すぐ風呂からでねえなら絶対してやんねえけど」
その瞬間ハルは飛び起きて浴槽から出てくる。
そんなにすぐ起きられるなら最初から起きてほしいものだが、だんだん俺もハルの扱い方がわかってきたような気がする。
「早く風邪治すから、明日一緒に学校いこうね」
「わかったから早く服着てリビング来い」
ハルは熱こそまだ下がっていないようであったが、夕飯に出した卵がゆは難なく平らげた。
「風邪ひいたことねえって言ってたけど、今は辛くないか?」
「体はだるいんだけど、何していいかよくわからなくて…暇」
「寝てろよ」
「それが暇なんだよね〜勇也は今日ひとりで寝るの?」
これは遠回しに一緒に寝ようといわれているのだろうか。勘違いだったら恥ずかしいが、どうせ自分も一緒に寝て欲しくないわけではないし、ハルがどうしてもと言うのなら考えなくもない。
「お前は…どうしたいんだよ」
「風邪移すと悪いし、今晩くらいは我慢しようと思って」
「…別に、お前のこと看病するって言ったし…お前が嫌じゃなければずっと側にいるし…」
目を合わせられない。声は段々小さくなっていき、自分でも何を言っているかわからなくなってきた。
ハルの方からクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
「それなら一緒に寝よう、治るまで看病してくれるの?」
「ああ、まあ…」
「じゃあ一生治らなくてもいいかも」
「治らなかったら不用意に近づくの禁止だからな」
そう言うと、それは嫌だなあと笑ってハルは目を閉じた。
「おい、こんな所で寝るなよ?」
こいつは本当にどこでも寝るなと思ったが、どうやら今は寝ている訳では無いらしい。
目を閉じたまま、口を開いてなにか言おうとしている。
「なんか本当に…幸せだなって」
「なんだよいきなり」
「好きな人と二人で、ずっとこうやって…」
いきなり手を握られて、顔が熱くなっていく。
未だに触れ合うことに慣れきれない。いつだって初めてするかのようにドキドキしてしまう。
俺だけがそうなのだと思うと少し気に入らないけれど、自分はそれくらいハルのことが好きになっていたのだろう。
「…そろそろ、寝るか?」
「うん」
「俺はまだやることあるから、眠たかったら先に寝てていいからな」
食器を洗い、俺も軽く風呂に入ってハルの部屋へ向かう。もう寝ているかと思っていたが、電気をつけて俺が来るのを待っていたようだった。
「先に寝てていいって言ったろ」
「看病してくれる勇也を一秒でも長く見ておきたいでしょ?」
その理屈はよく分からないが、仕方ないなとため息をついてハルの側へ寄る。
額に貼ったシートを取り替え、体温計で再び体温を計った。37.5度、あまり下がってはいない。
けれど一日寝たらそれなりに下がるのではないだろうか。
「じゃあ、電気消すからな」
「うん」
電気を消し、自分は横向きになってハルを布団の上から優しく叩く。
「またやってくれるんだ、それ」
「やって欲しかったんじゃないのか?」
「うん…嬉しい。欲を言えばナース服着て看病して欲しかったなぁ」
「アホ、寝言は寝てから言え」
ハルは眠そうに舌っ足らずになりながらもずっと話しかけてくる。
これを可愛いと思ってしまうのはきっと俺がおかしいのだろう。
「すき…ゆ…や…」
「わかったから、寝ないと治んねえぞ」
「ん…」
ようやく眠りについたのだろう、寝息が聞こえてくる。
自分も寝る体勢になって、ハルの手にそっと触れる。すると条件反射のようにその手をぎゅっと握られた。
ほとんど佳代子さんに世話になってしまったけれど、自分はちゃんと看病できていただろうか。
看病してもらえなかった過去のハルの気持ちは良く分かる。ハルは比較対象である兄がいる分もっと寂しかっただろう。
ハルの頬に軽く触れると、僅かに濡れていた。
「かあ、さん…」
寝言でハルはそう呟く。きっとハルは無理に母親のことを忘れようとしている。
俺のことだけを想ってくれるのは嬉しいことだし一向に構わないが、無理をしてまでハルの心を押さえつけてはほしくない。
だから自分がその分の愛も与えたい。今まで自分達が愛されてこなかった分、愛されたかった分を埋めるように、愛し合いたかった。
「好きだ…ハル。俺がずっと側にいるから、お前も俺の側にずっと…」
本人に聞こえていないところでしかこうやって言えないのがもどかしいが、ハルには言わなくても伝わっているような気がする。
おやすみの変わりに、ハルの真似をして額にキスを落とし、眠りについた。
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