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第157話Long time no see③
「行っちゃったね、二人とも」
「ああ…嫌な予感しかしない」
「そう?どうにかなるんじゃない」
ハルはまだ呑気に弁当を食べている。本当に他人のことに関しての興味が薄いようだ。
「気にならねえの?二人がどうなるか」
「すこーし気になるけど大丈夫でしょ、うまいことやるって多分」
弁当を食べ終えたハルは肩に寄りかかってくる。ふわふわした毛先が頬に当たってすこしくすぐったい。
「眠くなってきちゃった」
「ここで寝るなよ」
「5分だけ寝させて」
そう言って寝る体勢に入ろうと体をずりずりと動かす。屋上なんてコンクリートが剥き出しの床で綺麗でもないのに、よく寝る気になったものだ。
「おい、何しようとしてる」
「膝枕してよ」
「硬いから寝心地よくないぞ」
「勇也の脚が好きなの」
断る前に勝手に太腿の上に頭を載せられる。
退かそうと思ったのだが体重をかけて全く離れようとしない。
「ハル、こんなところで寝るなって」
声をかけても返事がない。耳を澄ますと寝息の音が聞こえてくる。
昨日あれだけ眠ったというのに、赤ん坊並みによく眠っている気がする。
柔らかい髪に触れて頭を撫でると、俺の脚に頬を擦り寄せて気持ちよさそうに微笑んだ。
右耳のピアスはまだ付けたままだ。もう付けてから一ヶ月ほど経ったから外してもいい頃なのだが、気に入ったのかずっと同じものを付けている。
自分の耳にも夏休みに開けたピアスがまだ付いている。チタン製のピアスはそろそろ別のものに付け替えてもいいかもしれない。
ハルがくれたピアスは少し目立つので、学校に付けていくのは少し難しいかもしれないが。
「もう5分経つぞ…起きろ」
「ん〜…ん」
「ハル、起きろ」
今日は眠りが深いらしい。声をかけても起きる気配がない。
いつもちょっかいばかりかけられているから、たまには反撃くらいしてもいいだろうと思い立ち、ハルの頬を両手で引っ張って伸ばした。
「なんかお前のほっぺた柔らかいな…」
ぐにぐにと伸ばしたり捻ったりして遊んでいるとなんだか癖になりそうだった。手を離すと、パチンと軽く音を立ててゴムみたいに収縮して戻っていく。
それが面白くて少し笑うと、いきなり視界が反転して床に押し倒された。
一瞬何が起きたのか理解出来ず、ただ瞬きを繰り返す。
「俺にイタズラしてた悪い子は誰?」
「お前、起きて…」
「くすぐりの刑だね」
逃げようとしたけれど時すでに遅し、肋のあたりをハルの手が這ってくすぐってくる。
くすぐったさに身を捩りハルの腕から逃れようとしたのだが、がっちりとホールドされてしまいそれも適わなかった。
「あっ…んんっ…やめ、あっ!だめ、だって」
くすぐられると変な声が出てしまい恥ずかしくなる。
それなのにハルは手を止めず、脇の下をくすぐってきた。
「ひっ…あっ…ん、ふふっやめ、ろって…ハル!」
「…何でそんなやらしい声だすの」
「わかん、な…あっ、んん…あっあっ」
笑い転げていると、次第に我慢出来なくなって涙まで零れてきた。そこでようやくハルの手が止まる。
「ダメだ…俺の方がもたない。拷問だこれ」
「はぁっ…なに、言って…ふざけんなよ」
「ごめんごめん」
差し出されたハルの手を掴んで起き上がり、そのまま胡座をかいた脚の上に乗せられた。
ハルは何かに耐えるように、力強く俺の体を抱きしめて首元に顔を埋める。
「…おい、学校でこういうのは」
「大丈夫、誰も見てないし」
確かに今は向かいの校舎から離れた位置に座っているので中にいる生徒からは見えない。
けれど学校でこうしているとなんだか背徳感のようなものがあった。
「昼休みあと5分しかねえけど」
「じゃあ5分間ずっとこうしてる」
「お前なあ…」
「ねえ、勇也からキスしてよ」
「はぁ?」
唐突なその欲求に、思わず顔が熱くなる。
「ほら、早く」
ハルは目を閉じて顔をこちらに寄せてきた。拒否権は恐らく無いのだろうが、自分からするのはどうも気が引けてしまう。
一応周りに誰もいないか確認して、おずおずとハルの唇に近づいた。
そのとき、バンと大きな音を立てて屋上の扉が開けられる。二人して驚き、扉の方に目をやった。
「ダメだ、余計に聡志を怒らせてしまっ……」
屋上に来たのは上杉で、どうやらハルの言った通り怒っている理由を真田に聞いてしまったらしい。
しかし言葉を途中で途切らせると、顔全体を真っ赤にして静止してしまった。
「すまん!!と、取り込み中だったか!けれど、学校でそんなこと…!いや、いい、好きに続けてくれ!俺は失礼する!」
上杉は焦って扉をもう一度閉め、こちらに聞こえてくるくらいの速い足音をたてて階段を降りていった。
唇は触れていなかったものの、見られてしまったことが恥ずかしくなって俺まで上杉のように赤面してしまう。
「謙太くん、死ぬほど空気読めないのもはや才能だと思う」
呆れながら溜息をつき、ハルは俺の肩に顎を載せてまた抱きしめる。
昼休みの終わるチャイムが、残念でしたとでも言うように鳴り響いた。
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