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第161話Reconciliation②
「えっと、俺と謙太の関係はこの前話したよな」
「ああ、聞いた」
「仲が悪くなったっていうか、俺が勝手にあいつのイメージを押し付けてただけなんだ。それで勝手に失望して…俺が悪いんだって分かってるよ」
「イメージ…?」
いまいち聞いても分からないことが多かったが、真田も言葉を選びながら言いづらそうに説明しているので、この話自体がややこしいのかもしれない。
「俺の中では、いじめから救ってくれたかっこいい謙ちゃんってイメージがずっとあった。不良っぽい見た目も憧れてたし、あいつ自身自分の父親に憧れてる部分あったみたいだから」
そこで少し疑問に思う点があった。確か上杉親子の仲はあまり良くなかった記憶がある。
その仲が拗れてしまったのも、丁度その頃と重なるということだろうか。
「あいつ頭良かったしさ、剣道も凄い強かったんだよ。もともとあいつの親父が剣道も教えてたみたいで。父のようになりたいって毎日言ってた気がする」
「じゃあ、何かあったのは高校入ってからか?」
しかし四月の時点で二人とも同じクラスだったはずなのに、そのときから喋っているのを一度も見ていない。
「いや、丁度高校に入る前だったかな。ほら、俺って馬鹿じゃん?」
「ああ、馬鹿だな」
「肯定するの早くない?…それで、剣道強いこの高校を謙太が目指してるって知って、俺も頑張って勉強したんだよ。もしかしたらオヤジが何か手回してたのかもしれないけど、それでも合格した時は嬉しかった」
真田は目を細めて、その頃を思い出すように微笑んだ。本当に嬉しいと思っていたのだろう。
「高校入ったら謙ちゃんみたいになるんだって意気込んでたんだけど、中学卒業してからあいつなんかおかしくてさ」
「おかしいって?」
「見た目も今の感じに変わって、家を継ぐのもやめるって…」
「前までは家継ぐつもりだったのか」
「前までは家継ぐから大学も行かないとか言ってたし…家で何かあったのは確かだと思う。でも、それより前にあんなことがあったから」
その〝あんなこと〟というのが要になるのだろう。
注意深く聞こうと耳を傾けると、屋上の扉が勢い良く開く。
目を向けるとそこに居たのはハルだけで、上杉の姿は見当たらなかった。
「やっと終わった〜思ってたより長かったよ、待たせてごめんね勇也」
「…今話してる途中だぞ」
「ごめんごめん、俺は大体謙太くんに聞いたから聡志の方も聞かせてよ。本人は部活の練習行っちゃったから気にしないで話して」
真田は呆れてため息をつくと、もう一度仕切り直しに最初から話を始める。
ハルは意外にも真面目にその話を聞いていた。
「なるほどね…じゃあ謙太くんが話してたのと大して変わりはないか」
「この先の話も、お前は知ってんの?」
単純に気になってそう聞くが、ハルは真田の方を気にして少し間を置いてから小さく頷いた。
それを見た真田が再び喋り始める。
「あいつさ、中三の時に派手に喧嘩して、剣道の大会出場停止になったんだ」
「それでもう喧嘩はやめるって言うんだったら、まあ妥当だしよくある話じゃねえの?」
「そうなんだけど…実際あいつは、自分から手なんて出さなかったんだよ」
「ふーん…そこはなんか俺が聞いた話と違うなあ」
ハル曰く、上杉自体が手を出さなかったと言う話は聞いておらず、本人は自分が喧嘩をして大会に出られなくなったとだけ言っていたらしい。
「その喧嘩自体、俺が他校の生徒にたまたま目付けられて絡まれたのが発端だったんだけど…俺怖くて何も出来なくて、またあいつが助けに来てくれたんだけど」
「あーそこまで詳しくは聞かなかったな。けどそれで聡志が謙太くんを嫌う訳がわからないんだけど?」
「俺が人質みたいになって、謙太は俺のこと守るために手出せなくて、俺はただやられていくあいつを見てることしかできなかった」
やり方が汚い奴らは平気でそういうことをする。喧嘩のできない人間を人質にとって好き放題してしまう。
俺が経験してきた中では学校同士で喧嘩することが多かったから、そういうのはレアケースだしルール違反のような扱いを受けていた。
とは言ってもそれは暗黙のルールのようなもので、破る者がいなかった訳ではない。
「散々やられて、ボロボロになって、それなのに終わったあと俺に怪我はないかなんて聞いてくるんだよ。ほんと、馬鹿だよな」
「まあ確かに、謙太くんならやりそうなことだよねぇ」
「俺が弱かったからあんなことになったんだ。だから、やっぱり謙太みたいに強くなりたいって思うようになった」
その気持ちは痛いほどに良くわかる。自分が弱いと、自分を守ることも、大切な人を守ることも出来ない。
「だから頼んだんだ、俺を強くしてほしいって…」
「それで、上杉はなんて言ったんだ?」
「『俺みたいになるな』って…俺が謙太に一番言われたくない言葉だった」
上杉に憧れを抱いていつも一緒にいた真田。確かに、そう言われるのはとても酷なことだったのかもしれない。
けれど、上杉自身にも何か考えが変わるきっかけがあったのだろう。
「何度頼んでもそればっかりで、多分その少しあとに家のことで何かあったんだと思う。いきなり自分の親父とか…俺のオヤジまで否定し始めた」
真田の憧れていたのは謙太だけではなく、また自分の父親もそうであったのだから、それを否定されたことが一番のショックだったということだろうか。
「どんなに言っても謙太のその考えは変わらなくてさ。そっからちょっと言い合いになったんだよね。その中で『お前が弱いから』って謙太に言われて、もうダメだと思った」
真田本人が一番気にしていたこと。普段の上杉の感じからして、そう言ってしまったのは無意識で、傷つけるつもりなどなかったのかもしれない。
「結局仲直りもできないまま高校生になって、俺は謙太にひっつかないで自分で友達つくって、明るく振舞おうって努力してきた」
その言い合いのあとに同じクラスになってしまうのだから本人達はさぞきまずかっただろう。
真田は小さく息を吐いて、苦しそうにしながら話を続けた。
「俺、意地だけは張ってるから仲直りなんてできなかった。気まずいまま顔を合わせれば喧嘩ばかり。お前ら二人を巻き込んだあのときも、謙太に止められたしね」
あの屋上から見えた二人を思い出す。タバコを吸っている真田と、凄い剣幕で諭す上杉。
「文化祭とかお前らのお陰もあって、少しずつ仲を戻せると思ってたんだけど…ダメだった」
俺が学校に来ていない間にまた口論でもしたのだろうか。
これらの話を聞く限りでは、真田の方は仲直りしたいと強く思っているということでいいだろう。
何か言いづらいことを言う時の癖のようで、真田はまた一度深く呼吸をしてから俯いて口を開いた。
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