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第162話Reconciliation③
「双木がちょうど休んでたとき、なんとなくクラスで二人でいたんだよね。俺も暇だったし、なんか最近上辺だけの友達とつるむのも疲れちゃってさ」
「長く休んでて悪かったな…いや、悪かったのかどうか分かんねえけど」
「なんか知らないけど色々あったんだろ、しつこく聞いてごめんな」
「いや、別に…それよりお前の話」
そうだったと思い出したように頭を掻き、また呼吸を置いた。
「さっきから聡志のその間はなんなの、さっさと話しなよ」
「話しづらいことなのかもしれねえんだからお前は大人しく聞いてろ」
ハルは膨れて俺の肩に顎を載せながら話を聞く。
「たまたま…本当にたまたま謙太と帰ってたら、また他校のやつに絡まれたんだ。謙太自体の存在は一部の奴らには知られてたしね、高校入ってから絡まれたのは初めてかもしれないけど」
「ふーん…俺は全然知らなかったけどね。界隈によって違うもんなのかな。そんでどうなったの?」
「俺はさ、もう逃げてばかりいられないし、今度こそ戦おうと思ったよ。それなのに、あいつは…」
歯を食いしばって、拳を握りしめているのが見える。悔しさを我慢するように、全身に力が入って震えていた。
「頭下げて頼んだんだ、そいつらに…帰ってくれって。もちろんそれで帰ってくれるはずなんてなかった」
「お前ら、それで大丈夫だったのか…?」
「俺は何もされなかったよ。また何も出来なかった。謙太がそんなこと言うの、ショックで」
しかし病院で見かけた謙太は怪我はしていないようだったし、喧嘩をやり合ったわけでも無さそうだ。
「一発謙太が殴られて、それでやり返すのかと思ったら俺を連れて逃げ出した。あいつが逃げるなんて…そんなの俺の憧れてた謙ちゃんじゃないって思っちゃったんだよな、俺」
「…逃げることも時には必要だと思うよ?実際相手の人数が増えたりしたらいくら謙太くんでも太刀打ちできなかっただろうし」
「そうかもしれないけど!けど…どうして逃げたんだって聞いたら、お前を守りたかったからこうするしかなかったんだって言われて」
聞いていても、上杉が間違ったことを言っているようには思えない。
しかし真田にとっては理想と現実のギャップというものが大きく作用してしまっているようだ。
「俺が弱いから…こうするのが一番だったんだって。そうだよな、俺弱いもん。格好良く戦う謙ちゃんも、俺を一緒に強くしてくれる謙ちゃんも、もうどこにもいないんだなって分かったんだ」
真田の顔は俯いたまま上がってこない。それを見兼ねたのか、ハルが代わりに喋り始めた。
「まあ、地雷踏みすぎたのは完全に空気読めない謙太くんが悪いよね。聡志の前で話していいのか確認はとってないけど、俺も謙太くんから聞いたこと話そうかな」
俺の肩の上から顎を退けて、少しずつ弁当をつまみながら話そうとする。
「大体の概要は同じなんだけどね。謙太くんが父親に反抗するようになった理由もちゃんと聞いたよ」
「…聞かせて欲しい」
「謙太くんのお父さん…上杉さんが人を殺めたことがあるって」
それを聞いて、俺も真田も言葉を失ってしまう。
実際の虎次郎を知っているから、尚更衝撃が大きかった。
「まあ、あの世界で生きてるなら珍しいことではないと思うよ。けど、人は殺さないって謙太くんの前では言ってたらしいんだよね」
「じゃあ、どうして謙太はそれを知ることになったんだ?直接言われたわけじゃないってこと?」
「聡志のお父さんと話してるのを聞いたってさ。なんかそれには聡志のお父さんも関与してるのか、暗い雰囲気で二人がその自分の責任について話し合ってたとかなんとか…」
真田の父の話が出ると、更に真田は困惑したような表情を浮かべた。それも仕方ないだろう。
自分の父親が人を殺したことに関与してるのかもしれないのだから。
「まあ、この先は俺の勝手な推測だけど、その殺したって言うのはなんか言葉の綾なんじゃないかなって」
「どういうことだ…?俺が馬鹿だからわかんねえのかな?」
「いや、俺もわかんねえから大丈夫だ」
ハルの言っていることはよく分からない。何を根拠にそう言えるのだろうか。
「勇也覚えてるかな…この前病院で上杉さんが『手をかけて殺したわけじゃなくても、その罪を一生背負うことになる』って言ってたの」
「あー…あんまり覚えてねえけど、言われてみればそんなこと言ってたような」
正直あのときはそれどころではなかったし、一言一句正確に覚えている訳では無い。
こいつの記憶力はどうなっているのだろうか。
「つまり…どういうこと?ごめん、俺全然わからなくて」
「馬鹿だからしょうがないよ」
「馬鹿っていうな!」
「自分で言ったくせに…まあ、つまり上杉さんは直接手をかけて誰かを殺したわけじゃないってこと。でも過去に誰かの死に関わっちゃったことがあるみたいな。あくまで俺の推測だけどね」
なるほど、確かにその推測なら虎次郎の言葉や上杉が聞いてしまった話とも辻褄が合う。
真田は納得したのかよく分からないが頷いている。
ハルの推測が絶対に合っている保証はないが、合っているということを願うしかない。
「この話はまだ謙太くんにしてないんだけどね。まあ、誰かが死ぬなんて当たり前の世界なのかもしれないけど…その亡くなった人っていうのが、上杉さんと親しかった人らしくて、それが謙太くんは許せないのかもね」
虎次郎は親しかった人を殺すような奴ではない。勝手にそう思った。
それと同時に、ある考えが頭の中に浮かぶ。
「なあ…それって、お前らの父親とか、佳代子さんに聞けねえの?流石に虎次郎本人に聞くわけにもいかねえし」
「ああ、確かに…」
「俺は…ちょっと親に直接聞くのは怖いな」
「じゃあ、俺と勇也で父さんと佳代子さんに聞いてみるよ」
こうすることしか、今はできない。小笠原の父親と虎次郎の関係性も少しは明らかになるだろうか。
「ハ…小笠原が父親に会っても大丈夫なら…」
「うん、大丈夫だよ。勇也のこともちゃんと紹介したいし」
「なんだよ紹介って」
「じゃあ…二人に頼んでもいいかな。それを知ったところで、その後どうするかは俺が決めなきゃいけないけど」
そこまで話したところで、昼休みが終わるチャイムが鳴る。俺はハルが弁当を食べ終わるのを待ち、真田は急いで未提出の提出物を出しに行った。
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