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第165話Be afraid③

真田と上杉の仲はまだ微妙なまま、体育祭の日を迎えてしまった。 しかし不運なことに今日は雨が降っている。止む兆しは一向になく、体育祭は延期になった。来週も雨が降る予報が出ているので、もしかしたら体育祭自体中止になるかもしれない。 「体育祭、やらないかもね」 「なに、お前やりたかったの?」 「応援団はいってたし。勇也に見せつけたかったな〜」 「来年もやれよそしたら、見ててやるから」 何気なくそう言うと、弁当を食べていたハルの手が止まる。 「本当に…?」 「なんで嘘つく必要があるんだよ」 「ううん、嬉しくて…そっか、嬉しい」 そんなことで喜んでいるのが微笑ましい。その空気を崩すように、真田は音を立てながら牛乳パックの最後の一口を飲んだ。 「二人の世界に入ってるとこ申し訳ないんだけど…いいか?」 「そんなんじゃねえって」 「謙太は今どこにいんの?」 落ち着かないといったようにそわそわしながらそう聞く真田に、冷めた口調でハルが答える。 屋上は雨で使えないから屋上へ繋がる階段の踊り場に座り込んでいるのだが、人がいないためハルの声はよく響く。 「えー…知らないよそんなの。部活じゃない?」 「急に興味失くすのやめろよ遥人」 「だって興味ないもん」 「まあいいけどさ…お前ほんとクラスにいる時の態度と違うよな」 それを言ったら真田もそうだと思うのだが、よく考えてみたら俺はさほどハルの猫をかぶっている姿を見ていない。 俺の前では豹変して腹黒くなったり、甘え始めたりするものだからよくわからない。 「だって猫かぶってた方が色々楽じゃん。素を見せてるってことは、それだけ心を許してるってことでしょ、そういうことにしといて」 「分からなくもないけど…あ、そういえば謙太の親父の話、どうなった?」 「明日父さんに会いに行って話聞いてみるよ、それでいい?」 「そっか、ありがとな」 すっかり忘れていたが、明日自分もハルの父に会いに行くことになっていたのだった。 何度か会ってはいるがまだ面と向かってちゃんと話したことは無い。 俺たちの関係を知っている上で、どう思っているのだろうか。それについて聞く勇気はないけれど、考えるだけでも怖かった。 「勇也、どうかした?」 「いや…なんでもない」 この身なりで会いに行ったら失礼だろうか。かと言って今から黒染めしてピアスを外してなんて面倒だし、この前もそれについて何か言われた訳では無いから大丈夫な気もする。 ハルが紹介するだなんて言うから妙に緊張してしまう。 ……………… ハルの父に会ってからどうしようかと考えていると、いつの間にか時間は過ぎていった。 その日は寝ようにも眠れなくて、朝起きた時には既にハルが起きている時間だった。 「おはよ、よく寝てたね。昨日は眠れなかったの?」 「ああ、なんか…」 「やっぱり怖かった?」 「違う…なんか、緊張して」 ハルは緊張することなんてないと笑いながら頭をわしゃわしゃと撫でる。崩れた髪型を手櫛で直しながら、ハルに渡された服を受け取った。 「俺…お前の実家行くの初めてなんだけど」 「うん、なんかそう言われると俺の方まで緊張しちゃうな」 「歩いて行ける距離なのか?」 「そこまで近くないかな。タクシー呼んだから、後でくるよ」 わざわざタクシーを使う必要は無いと言いたかったが、電車などの交通機関を使うのも不安なので特に口には出さなかった。 ハルの父親が空いているのは丁度正午頃ということで、昼飯は食べずに家へ向かう。 タクシーの中にいる間も、緊張でずっと吐きそうだった。 「顔色悪くない?まだ緊張してるの?」 「ああ…やっぱりなんか落ち着かねえっていうか」 「いいよ、普通で。楽にしてて」 そう言われるのが一番困ってしまう。 またあれやこれやと考えているうちに、気づけばもう家の前だ。 自分が想像していたよりもずっと大きい洋風の豪邸が目の前にあった。 「ここ…本当にお前の家?」 「うん。大したものないけど、入って」 促されるまま中へ入ると、家政婦らしき女性がにこやかに挨拶をして奥へ通してくれる。 「家政婦までいんのか…」 「うん、あの人は昔からいる人。他にも何人かいるけどね。俺が友達家に呼ぶのなんて初めてだから、皆嬉しいみたい」 なるほど、それで家に入っていきなり厚待遇だったのも頷ける。 二階に上がり奥の部屋へと進むと、まずハルの部屋についた。 「ここに荷物置いちゃって」 「お前の部屋…家具とかもそのままなんだな」 「引っ越す前のままだよ。必要なものは全部新しく買ったから…この部屋、何もなくてつまらないでしょ」 確かに今こそハルの部屋はごちゃごちゃしているが、この部屋は何も無いと言っていいほど簡素だ。 荷物といってもハルの荷物くらいしかなかったので、それだけ置いてまた別の部屋へ向かう。 「お前ん家部屋いくつあるんだよ」 「ん〜?数えたことないから分からないや」 とりあえずハルについていくと、大きな扉のある部屋の前で足が止まる。 ここがハルの父の部屋だろうか。 ハルが軽くノックをすると「どうぞ」と声が返ってくる。 「失礼します…父さん、今日は時間空けてくれてありがとう」 ハルの父の第一印象は冷たく厳格といった感じだった。意外にも話してみると優しそうな印象が強い。 部屋はハルの父の部屋というよりは応接間のようで、仕事用のデスクと向かい合ったソファとローテーブルだけがある。 「よく来てくれたね、二人とも。とりあえずそこに座ってくつろいでいてくれ。私がお茶と菓子でも用意するよ」 ソファに腰掛けると思ったよりも柔らかくて、自分の体重でソファに体が沈んでいく。 本人を目の前にすると更に緊張してしまって、いつの間にか変な汗をかいていた。

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