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第166話Father
「メール、ずっと無視しててごめんね」
「ああ、いいんだ。虎次郎の言った通り、私は寂しがりなのかもしれない。何度もすまなかった」
ハルの父はポットに入った紅茶をカップに注ぎ、お茶菓子を皿に移す。
食器も食べ物も高価そうで、自分が口にしてしまっていいのかと思ってしまう。
「ミルクと砂糖は入れるかな?ストレートがいいならそのまま出すよ」
「あ、俺はストレートで大丈夫です…」
出された紅茶に手をつけられずにいると、隣にいたハルが砂糖とミルクを大量に入れているのが見えた。
「お前入れすぎだろ」
「紅茶とかコーヒーそのまま飲めないんだもん」
「糖分控えろよもう少し」
いつも通りのように小言を挟んでしまい、それを見たハルの父はそれを見て静かに笑う。
「二人とも、仲がいいようで良かった。この前は大変だったね、文化祭も終わったばかりだったのに」
「…その、ありがとうございました」
「いいんだよ。そうだ、文化祭といえば…」
どこか嬉しそうに、何かを机から取り出して話し続ける。
「ロミオとジュリエット、良かったよ。ビデオに撮っておいたからよかったら…」
「は?!撮ってるなんて聞いてないんだけど!文化祭終わった後感想のひとつもくれなかったくせに!」
「すまない…面と向かって感想を言ってやろうと思っていたのだが、何分遥人とまともに話したことはあまりないから恥ずかしくなってしまって」
「やめてよそういうの、俺が恥ずかしいって…本当に父さん、よく分かんないんだけど」
二人は親子だというのにあまり話したことがないからか、会話も他人同士のようにぎこちない。
かく言う俺自身も、父親とまともな関係を築いていたのは幼い頃だけであったが。
「…兄貴と母さんは、見つかったの?」
「それがまだ…虎次郎にも協力はしてもらっているがあちらもあちらで忙しいようだから。本当に駄目だな、私は…情けない」
ここで初めて、ハルの兄だけでなく母親までいなくてなっていたということを知った。ハルの口からそのようなことを聞いていなかったが、一体いつからなのだろうか。
ハルの心が不安定なのは、俺だけでなくそのせいでもあったのかもしれない。
「父さんのせいじゃないよ。勝手にいなくなったんだから」
「私が不甲斐ないからだ、だからお前も…」
「違う、そうじゃないんだよ」
ハルの拳に力が込められていく。何かを言おうとしているのだろうが、口を少し開けて諦めたように閉じてしまった。
ハルの父が目の前にいるというのに、それも構わず握られた拳にそっと手を添えて包み込む。
少し力を入れて握ると、ハルの手の力が少しずつ緩んでいった。
「俺は…ずっと家が窮屈だった。父さんは知らないかもしれないけど、母さんは兄貴のことしか見てないし、俺はオマケ程度にしか扱われない。だから早く家から出たかったんだ。まあ、他にも目的はあったけど」
そう言って俺の方を横目で見る。他の目的というのは、俺と一緒に暮らすことだろうか。
「…すまない、最近になって私はそれを知った。それまでずっと私もお前に構ってやることができなかったから」
「でもね、この前父さんが俺のことを自分の息子だって言ってくれたり、文化祭見に来てくれたりしたのは凄く嬉しかったよ」
佳代子さんからハルの父が文化祭を見に来ると聞いた時から、ハルはずっと嬉しそうだった。
ハルが父親に愛されているのを実感できて自分まで嬉しくなったことを覚えている。
「だから…劇の感想とかも期待してたし。まあ実際家の方はそれどころじゃなかったからね。忙しいのにわざわざ見に来てくれたんだから文句なんて言えないし」
「その為に休みを取ったんだ。自分の息子が成長しているのが、今更になって嬉しくて」
「…変なの」
二人は目を合わせると、お互いにぎこちなく微笑みあった。
その笑い方が、なんとなく似ている気がする。
「そうだ、文化祭…せっかくだから撮ったビデオを見よう。そうしたらまた感想を言うから」
「だからそれはいいって恥ずかしいから!」
「そんな…せっかく撮ったのに」
ハルの父がしゅんとして頭を垂れる姿もハルと重なって見えて面白い。
しかしロミオとジュリエットに関しては自分も出演しているのであまり鑑賞はしたくなかった。
それなのにハルの父はおもむろに立ち上がって何かを操作する。
するとデスクの前に天井からスクリーンが降りてきて、プロジェクターが光だしスクリーンに何かを写し始めた。
「いや、だから恥ずかしいってば!」
「まあまあそう言わずに」
「ちょっと!」
プロジェクターの映像が切り替わり、チャプター画面が表示される。
既製品のビデオのように編集されており、なかなか凝ったものだった。
「張り切って編集していたら時間がかかってしまったが、私の力作だから見てくれないか」
「自分の親なのに本当に分からないこの人…なんなの」
「双木くんは衣装を作ったりしていたんだってね?」
急に話を振られて、質問の内容もしっかりと理解出来ていなかったがとりあえず首を縦に振る。
「ちょっと、勇也困ってるじゃん…いきなり話振らないであげてよ」
「ああそうだな…すまない。まだちゃんとした自己紹介もしていないのに。私は小笠原 綾人、クリニックの院長で遥人の父親だ、よろしく」
「あ…はい、よろしくお願いします」
自分も自己紹介をしようと思ったが、特に何も言うことが思いつかない。何を言おうかと言葉に詰まると、ハルが横から助け舟を出してくれた。
「双木 勇也、16歳A型。家事全般が得意で頭もいい、あと顔が綺麗で…今は俺の恋人」
淡々と俺の紹介を勝手にしていくハル。
恋人という単語を聞いて、ハルの父は顔色を変えた。
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