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第167話Father②
「恋人…?」
「うん、恋人。恋人って単語知らなかった?」
「いや…そうか。うん、おめでとうと言うべきか」
「本当は言いたくないってこと?やっぱりこんな息子は嫌だっていうなら勝手に言って。もう決めたことだから」
妙な沈黙と緊張感で、部屋が少し張り詰めた空気になる。
自分からも何か言えたらいいのだが、この親子の微妙な関係に口を出すのははばかられるような気がした。
「いいや…否定する気などないし、私にそんな権利もない。自分達で決めたことならそれでいい。後悔するようなことにならないのなら…」
「後悔しないよ。俺、今勇也のために生きてるようなものだから。それ以外何もいらない」
またこちらが恥ずかしくなってしまうようなセリフをすぐに言ってしまうのはハルの悪いところだ。言った本人は涼しい顔をしているけれど、勝手に俺は一人顔が熱くなってしまう。
「祝福するよ、二人とも。叶人や彼女がいつ戻ってくるかは分からないけれど、暇があったらこうして家に来てくれると嬉しい。やっぱり私は一人でいるのが寂しいのでね」
「まあ、気が向いたら行ってあげてもいいけど…」
こんな態度をとっているけれど、きっとハルは喜んでいるのだろう。
また良かったなと言ってやりたいと思った。
「そろそろ再生してもいいか?よく撮れているから…」
「もう、またそれ?見てほしいんだったら見てあげるよしょうがないな…」
嬉しさを隠しきれていない顔をしたハルの父がまたリモコンを操作すると、部屋の照明がフェードアウトしていき、チャプター画面の最初から再生という項目が光った。
Romeo and Julietというフォントが出て壮大な音楽が流れる。そして舞台の幕開けが映った。
「ねえ、やっぱり恥ずかしいから消してくれないこれ」
「まだ始まったばかりじゃないか…」
「ちょっとなんでこんなにアップで撮るの、無駄に画質良くて嫌なんだけど」
「この前うちにかかっていた大手家電量販店の社長さんから一等いいものを頂いたんだ」
ハルは自分の出ている場面をずっと真顔で眺めていたが、途中で目の色が変わる。
何があったのかと思ってスクリーンに視線を移すと、ジュリエットの登場シーンだった。
俺の方が顔を覆いたくなってしまう。
「あー…無理、可愛い…もっと寄って撮ってよ」
「この子は代役らしいが凄くいい演技をしていたね、何ていう子なんだ?」
「勇也だよ、可愛いでしょ」
「え…?じゃあこの子は双木くんなのか?!」
「今集中して見てるから黙って!!」
ハルの父の視線が刺さる。スクリーンに映った自分を見てみても、やっぱりただの女装した自分でしかないから恥ずかしい。
「もう止めてください…本当に」
「いいじゃないか、素晴らしかったよ」
「父さん、今のところ可愛かったから巻き戻していい?」
「やめろ!!」
目が合ってキスをするシーン。ハルのアドリブには悩まされた。自分の顔が赤くなっていくのがスクリーン越しにでもよく分かってしまう。
ディボルトのシーンや物語の終盤の方で、劇の音声とは別に鼻をすすって泣く声が少し聞こえてくる。
「すまない、虎次郎が泣くものだから変な声が入ってしまって」
「あの人こんなに泣くんだ…」
虎次郎の方は息子の謙太のことを大事に思っているのだろうか。今回の本来の目的を思い出す。
虎次郎が自分の知り合いを殺すだなんてこと、きっと無いはずだと思いたかった。
「ここのシーンね、マイクが切れちゃって勇也がアドリブでセリフ無しの演技したんだよ。凄いでしょ」
「そうなのか…全然わからなかったよ、凄いねきみは」
「もう本当にいいんで終わりにしてください」
ようやく幕が降りて終わったかと思うと、誰が撮ったのか劇中の写真がスライドショーのように流れエンディングが始まった。
「父さん仕事忙しいのによくこんなの作る暇あったね」
「編集はある程度自分でやったが、クオリティを高くしてくれたのは普段映像を作っている患者さんだからね」
「ふーん…後でこのデータもらっていい?」
「ああ、構わないよ」
本当にやめてくれと思いながら、本題に入るための話を切り出す。
「あの…文化祭はもういいんで、今日は別の話を…」
「そうだった、何か話があると言っていたね。何の話かな」
ハルに視線を送ると、今思い出したとでもいうように大きく頷いた。
「上杉さんのことなんだけど…」
「虎次郎の?私に聞くよりも本人に聞いた方が色々話は早いと思うが」
「聞き辛い話だからそういう訳にもいかないんだよ。過去に何かあったらしいから、父さんなら知ってるかなって」
「…過去の、話か」
ハルの父の表情に陰りが見える。
やはり過去に何かがあったことには間違いないようだ。
「上杉さんが昔に人を殺したって本当なの?」
まるでそれを聞かれることを想定したかのように、驚くこともなく沈黙して俯く。
「あれは…虎次郎のせいなんかじゃない。本人がそう言っているだけで、殺したわけじゃないんだ」
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