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第169話Solved

月曜日。学校へ行き、今日は真田にハルの父から聞いた話を伝える日だ。 今日も今日とて土砂降りで、今年の体育祭は中止となった。 「聡志まだ来ないの?」 「5限提出の課題写し終わったら来るって」 「また?多すぎじゃないそういうの」 昨日は佳代子さんがいつも通り家に来て、核心には触れず少しだけ昔の話を聞いた。 虎次郎とハルの父の話になると何か濁そうとするのは、やはり昔あんなことがあったからなのだろうか。 「そういえば佳代子さん、例の話は一切してなかったね」 「ああ、話したくないんだろ」 「どんな人だったのかな…俺の叔母さんにあたる人なんだろうけど」 「お前んとこの血筋ってことは顔が整ってたんだろうな、昔の写真もそうだったし」 「やっぱり俺の顔大好きだね」 そう言って笑われ、肘でハルの脇腹を刺す。 「いった…なんでそんなことするの、乱暴良くない」 「別に…顔だけが好きなわけじゃない」 「え、あ、それって…」 何故こういう時だけハルまで顔を赤くするのだろうか。余計にこっちが恥ずかしくなってしまう。 いつもは余裕そうなくせに、ふいにそんな表情を見せられたらたまらない。 「なんで勇也が顔赤くしてんの」 「うるせえお前がそんな反応するから」 「本当に俺のこと好きだね」 「うるせえ!」 先週と同じく階段の踊り場でそう言い合っていると、パタパタと走る足音が聞こえてくる。 「ごめん、遅くなった!」 「…仲直りを手伝ってもらってる立場なのに遅刻とはいいご身分だね?」 「だから、ごめんってほんと」 「ハル…そんな言い方ないだろ」 また肘でハルのことをつつくと、真田は変な顔をして俺達の方を見た。 「双木って…遥人のことそんな風に呼んでたっけ」 ついいつものように呼んでしまったことに気づき口を抑えるがもうなんの意味もない。 「気のせいだ」 「でも」 「気のせいだって言ってんだろシメるぞ」 「勇也の方が酷いよね」 別に呼び方がどうであろうがいつもそう呼んでいるのだから恥ずかしいことなんて無いはずなのだが、知人をあだ名で読んだりすること自体あまり無いし、そこを深く突っ込まれるのも面倒くさい。 真田はアホだからなんとかなるだろうと踏んで話題を逸らすことにした。 「ほら…今日は話聞きに来たんだろ、早くしねえと昼休み終わる」 「あ、そうだった。ごめんな、わざわざ遥人の親父の所まで聞きに行かせて」 「いいよ別に。いいもの見れたし」 ビデオの話に持っていかれたらまた本題に戻れなくなってしまう。 あれはもう自分の黒歴史のようなものだから、これ以上誰かに知られたくはない。 「結局、上杉の言ってたことは間違いだった」 「本当か…!よかった…よかったのかな?」 「上杉さん…謙太くんとこのお父さんが自分でそう言ってただけで、実際は殺してなんかないってさ」 事の規模は違えど、自分を悪く言って責めるような虚言は謙太と似ているような気もした。やはり親子だからなのだろうか。 真田は安心して一息をつき、購買のパンの袋を開けて一口かじる。 「ちなみにその詳細って、俺が聞いても大丈夫?」 「ちょっと、飲み込んでから喋ってよ汚い」 「大丈夫…だよな?」 顔を顰めていたハルに確認を取ろうと目配せすると、少し悩んでから頷いた。 「小笠原の父親に妹がいたらしくて…」 「昔から病弱だったけど川で溺れて、それを助けたのは上杉さんで責任を感じてるとかなんとか…俺もこの話聞いただけではそこまで詳しく分からなかったけど」 「責任…?助けたのになんで」 「さあ?助けきれなかったとか、溺れるきっかけを作ったとか気づけなかったとか、まあそんなところでしょ」 「でも…そっか。それなら謙太も納得してくれるかな…」 そう言って残りのパンをハムスターのように頬張って飲み込んだ。 「どうするの、謙太くんに言いに行くの?」 「そうしたいけど…自分から言いに行くのもなんか癪なんだよな」 「あー分かる分かる、そっちから謝りに来いよって思うよね」 遠回しに自己中心的なハルの考え方と同じだと言われた真田は少し微妙な顔をして苦笑いを浮かべた。 「でもあいつ…多分謝る気とかないし」 「まあでも何かしたっていう自覚はあるみたいだよ?」 「タイミングよく上杉が来てくれればいいけどそう上手くはいかないもんな…」 「…いや、そうでもないかも」 真田がそう言うので、どういう事かと聞こうとするとスマートフォンの画面を見せられた。 送り主は上杉謙太と表示されていて、人が走っている絵文字だけが送られてきている。 「お前ら、絵文字だけで会話してんの?」 「あいつメール文とか打つの苦手だから、俺に連絡する時は絵文字で送るように言ってたんだ」 「なにそれ。聡志は意味わかるの?」 「絵文字それぞれにちゃんと意味があんだよ。これはあいつがこっちに来るって意味」 随分と独特なやり取りだ。俺も文を打つのはあまり早くないし、最初からこういう工夫をした方が良かったのかもしれない。 最近ではハルが勝手に購入したスタンプで返信を済ませられることも多くなっていた。 「じゃあどうする?俺達いないほうがいいよね」 「ああ…うん、なんかいたら落ち着かなくなるから先に教室戻ってて」 「だってさ。行こ、勇也」 ハルに手を引かれて階段を降りていく。少し降りたところで、すぐ近くの掃除用具入れの影に隠れた。 「帰るんじゃねえの?」 「絶対面白いからここで謙太くんが階段登るまで待ってよう」 「お前…バレたらどうすんだよ」 「別にいいよ、どうせ聡志だし」 呆れながらも、自分も気になっていることには変わりなかったので大人しく謙太が来るのを待つ。 「あ、今あがって行ったね」 「立ち聞きなんてやっぱり良くないだろ…」 「何言ってんの今更、こんな面白いこと滅多にないよ」 また少し階段を昇って、対面する上杉と真田をこっそり盗み見た。

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