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第170話Solved②
上杉の声は時々切れて聞こえなくなるけれど、真田の声は大きいのでよく聞こえた。
上杉が何かを言い出そうとさっきからまごついていて、それにイラついたのかハルは組んだ腕の上で指をトントンと鳴らしている。
「焦れったいなぁ」
「お前が短気なだけだろ」
「だって…」
そこでようやく上杉が何かを切り出すことができたようで、いきなり大きな声が聞こえてくる。
上杉が喋る時はいつも声が大きいか小さいか両極端だ。
「聡志…その、この前はすまなかった」
「何が悪かったと思ってんの」
頭を下げて謝る上杉に真田は冷たく返事をする。
「思い当たる節が無い訳ではなくて…いくつかあるんだが」
「いくつか?」
「部活のやつに真田はどんな奴なんだと聞かれて、つい正直にどうしようもないアホだと言ってしまったこととか…」
その見当違いな返答に、真田は口をあんぐりと開く。恐らく真田はそんなこと知らなかっただろう。言わなければ知らないままでいられたものを…
「違うしアホじゃねえから」
「それじゃあ…お前の進級が心配で小テストの解答をこっそり満点にしたことか?」
「何やってんだよお前!違うし!」
俺もハルも半ば呆れてその様子を眺める。
上杉はこれも違うのかと首を捻ってまた考え始めた。
「では…お前のポケットに飴玉を忍ばせたことか?」
「あれお前かよ!美味しかったよ!違うけど!」
「ああ、それともお前の父親に数学のテストの点数を言ってしまったことか…」
「違う!ふざけんな!」
このままではこの二人は一生仲直りできないのではないかと不安になってきた。
仲裁に入ろうと身を乗り出すが、面白いからこのままにしておこうとハルに止められる。
「…俺が、逃げ出したことか」
「ちが…いや、違くない!」
「俺は間違ったことはしていない」
「けど…前まではそんなこと無かったじゃんか」
ようやく真剣そうな話に移ってきた。それだというのにハルは既に飽き始めている。
「変わったんだ。もう無闇に誰かを傷つけたりは…」
「お前の親父のこと気にしてるんだったら、それは違う」
「…何が言いたい」
上杉の目付きが急に鋭いものに変わる。
この前病院で見た虎次郎のそれとそっくりで、自分が睨まれたわけでも無いのに背筋にぞくりとしたものが駆け抜けていくように感じた。
「…その、お前の親父が親しい人を殺したって」
「お前も、自分の親からそう聞いたのか?」
「あ、ああ…うん。そうだよ」
「なら話は早いじゃないか、俺はそうなりたくないんだ」
実際は虎次郎の話について上杉が言っていたことをハル伝いに聞いたのだが、そこはどうにか誤魔化せたようだ。
見ているこっちまで緊張してきてしまう。
「その事だけど、実は遥人の親父から話を聞いて__」
真田がハルの父から聞いた話を順に話していく。上杉の目から力が少しずつ抜けていき、その色は驚愕へと変わっていった。
「そうか…そうだったのか」
「だから、お前が変わる必要なんてなかったんだよ」
「父親のことは、そうだな。俺の勘違いのせいだ、謝らなければならない。けれど、やはり俺の行動は間違いでなかったと思いたい」
上杉が俯いたかと思うと、真田の肩に手を置いて何かを訴えかけている。しかし声にするのを躊躇しているようで、痺れを切らした真田が肩に置かれた手を払って先に声を発した。
「なんだよ…なんでだよ。俺は、あの時みたいに立ち向かってくれるお前に憧れてたのに!」
「俺はお前が思っているほど強い人間じゃないんだ。変わろうと思ったのは父のことも勿論そうだけれど、きっかけは別にもあった」
返す言葉が無いのか、真田は口を少し開いてから閉じ、上杉が話を続けた。
「覚えているか分からないけれど…あの三人組からお前を助けた次の日、すぐに仕返しをされただろう?俺ではなくお前の方に」
「え、あ、ああ…っていってもすぐお前が来てくれたし…」
「怪我をさせてしまった」
「怪我って、追いかけられて転んで膝擦りむいたくらいだっただろ」
話が動いてきて、興味を取り戻したハルが身を乗り出して話を聞こうとするのでそれを押さえ込みながら耳を済ませた。
「お前を助けてやると言ったばかりだったのに…そもそも、俺はいつも見ているだけで助けられない小心者だ」
「そんな…そんなこと」
「元々俺は心が弱かった。お前のことを弱いと言ったのだって、自分が安心したかっただけなんだ。お前は弱くなんてない」
「弱いよ、俺は。だからいつもお前に助けられて…」
「そんなことは無い。お前の目はいつだって諦めていなかった。抗おうとする強い意志があるように見えたから、それに心打たれて手助けをしたまでだ」
上杉が真田と距離を詰め、真田はそれに戦いて一歩下がった。
上杉の身長は俺や真田よりも頭一つ分以上大きいので、距離が近くなると大分見上げなければならなくなる。
「また守ってやりたいとも思った。けれど父のこともあったから…暴力だけでは何も解決しないと悟って、俺は変わろうと思うようになったんだ」
「でも…俺は前のお前に憧れて」
「お前のために変わろうと思ったんだ。俺みたいにはなって欲しくなかったし…それに」
「それに…?」
「お前が喧嘩まで強くなってしまったら、守る口実が無くなってしまうだろう」
そう言った上杉の顔がみるみる赤みを帯びていくのを、俺とハルは言葉の通り開いた口がふさがらないまま眺めていた。
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