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第172話Passion

「良かったな、二人が元に戻って…なあ、どこ向かってんだお前」 「そうだね〜本当に良かった」 「おい!どこまで降りるつもりだよ…」 昇降口のあたりでピタリと歩を止め、身を翻して俺のことをじっと見つめる。 「5限、ちょっとサボれる?」 「は…?なんで」 俺の返事を聞くまでもなくそのまま通路横の扉から外へ出ていく。 破天荒なのは重々承知していたが、こいつのせいで何度授業を休む羽目になったかわからない。 「ちょっと待て!」 「なあに?」 「なあにじゃねえよアホ!なんでまたお前の勝手に付き合わされなきゃなんねえんだ」 「…だめ?」 「なっ…だ、だめに、決まって…」 久しぶりにまたこの強請り方をされてしまった。ハルにこうされたら俺が断れないことを分かってやっているんだ。 ここで負けてはダメだ、甘やかしすぎたらもっと我儘に成長してしまう。 そう思っていたのに、いつの間にか生徒もいなくなった裏庭まで連れていかれ、5限が始まるまであと5分となってしまった。 「5限の間だけでいいから、ぎゅってさせて」 「意味わかんねえなんでだよいきなり」 「謙太くんが随分と情熱的で、触発されちゃった」 「だからって今ここでする必要ないだろ」 学校や人前では嫌だと言っているのにまるで聞く耳を持たない。色々あってから我儘っぷりは解消されたものだと思っていたがそうではないらしい。 「少し抱きしめてキスするだけだよ?」 「すること増えてんじゃねえか。学校ではしないって言っただろ」 「抱きしめてキスするだけ…」 「…そんな顔してもしねえからな!今じゃなくて家でならいくらでも…」 そう言いかけてからハルの方を見ると、思い通りだとでも言うように微笑んでいた。 「家でならいくらでもしていいの?」 「…つーか、勝手にしてくるじゃん、お前」 「嫌だった?」 そんなこと聞かなくても分かっているくせに。無視して校舎へ戻ろうとすると、襟を後から引っ張られて急に苦しくなる。 「首元、ちゃんと隠した方がいいよ」 「は…な、にが…」 ぱっと手が離されてそのまま後ろから抱きしめられる。抵抗する気も起きなくなるほど、強く。 「俺が付けた痕、全部丸見えなんだけど」 「なんでもっと早く言わねえんだよ!」 「見せつけてるのかと思って」 咄嗟に首元を隠した手を退かされて、首についた痕の上からまた唇を押し付けられる。 「やめろって」 「俺さ、これでも頑張って我慢してるから」 「どこがだよ」 ハルの体を押し退けて校舎へ戻ろうとするが、駄々をこねる声が鳴り止まない。 「もう高校生なんだから我儘言うな!」 「ごめんてお母さん」 「誰がお母さんだ!」 仕方がないから辺りに誰もいないか確認して、ハルの胸ぐらを掴み顔を引き寄せる。 「え、待ってそんなに怒ってる?」 近くまで顔を寄せて睨みつけてから、唇の横にそっと口を付けた。 「これで我慢しろ」 「…前もそう言って口にはしてくれなかった」 「うるせえ!文句言うならもう二度としねえからな!」 小走りで教室を目指すとハルも後ろについてくる。 「ついてくんな」 「だって俺クラス隣じゃん」 「サボるんじゃなかったのか」 「勇也がいないと意味無い」 ハルみたいに猫をかぶっているとはいえ人望のある奴に俺を基準に行動されては困ってしまう。 逆に、俺の方から言えばハルはそれに合わせてしまうのだろうか。 そうしたら、またハルは医者を目指すことができるようになるのだろうか。 自分の憧れた医者に、諦めていた夢に。 そんなことを考えているうちに本鈴が鳴り始め、滑り込むように教室へ戻った。 二人が仲直りしたためかクラスの雰囲気は心做しか明るい。 真田はいつもの調子に戻ってニコニコしていた。けれどいつもの貼り付けたような笑顔とも違ったような気がした。 「あ、双木!ありがとな、協力してくれて。あとこれ」 手渡されたのは数学のノート。さっきまで自分の鞄に入っていたはずのものだ。 「お前…」 「あれ?言ってなかったけ、お前の課題写させてもらったから」 受け取ったノートでそのまま真田の頭を叩くと、無駄に大きなリアクションをとる。 周りの生徒がそれを見て笑っているのを不気味に感じたが、俺のことを怪訝に思ったり馬鹿にしたりしているようではなかった。 「双木、文化祭頃からクラスに馴染むようになったよな。お前が休んでる間もクラスのみんな心配してたんだぞ」 あまり自覚はなかったけれど、悪い気は何故だかしなかった。ハルといると女子から疎まれることもあるけれど、馴染めるのもまたハルや真田達のお陰なのかもしれない。 教師が入ってきてからも大きな声で喋っていた真田はすぐに教師から注意を受け、授業が始まる。 また中間テストのために勉強しなくてはとノートを開いたとき、スマートフォンに一件の通知が来ていたことに気づく。 どうやらそれは、先程別れたばかりのハルからのようであった。

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