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第173話Passion②

数学の教科担当は無駄に厳しいから、授業中にスマートフォンを盗み見るなどバレたら面倒だ。 しかしハルから今通知が来たということはくだらない用事ではなさそうだし、あの教師に注意されたところで今更何も変わらないような気がして、鞄の中からスマートフォンを取り出し机の下でこっそりと確認した。 『ちょっと早退するね。心配しなくて大丈夫だよ』 その文字を見て気が気でなくなってしまう。心配しなくて大丈夫だと言われると余計心配になる。もしかして、まだこの前の風邪が長引いているのだろうか。 それだからさっきもあんなことを…? 考えても分からなくて、少し顔を上げると教卓の前に立つ教師と目が合った。 まずいと思ったが、教師はしっかり俺に気づいているにも関わらず、知らないふりをしているようだった。 なにかに焦っているようで苛立ちを感じているようにも見えるが、何故見て見ぬふりをしたのだろう。 もしまた風邪をぶり返していたら…あいつはまだ一人で身の周りのことをできるほどじゃないし、風邪をひいているなら尚更だ。 「すいません、具合悪いんで帰ります」 『…そういえばずっと休んでいたんだったな…それなら早退の手続きをして』 「適当にやっておいてください」 『駄目だ、きちんと本人の記入を…あと帰るなら保健室に寄れ』 「…はい」 あの教師は苦手だ。高圧的な態度はそのままだが、やはりなんだか俺に対して話す時に焦りが見える。 教師の方を一瞥して、去り際に、真田に小さく話しかけた。 「保健室、俺の代わりに行っておいてくれ。あとその早退のなんかも」 「双木まだ具合悪いの?大丈夫?」 「多分…分かんねえから家帰って確かめる」 「は?それってどういう…」 真田に悪いなと一言残して後のことを押し付け、鞄を持ち足早に家へ帰った。 家の中に入ったけれど特に物音はしない。靴が脱ぎ捨てられているから帰ってきているのは確かなようだ。ハルの靴を揃えてから手を洗い、リビングを見てみる。 リビングにもいないとなると自室か。 二階へ上がり、扉の前に立って耳を立ててみる。 がさごそと小さな音が聞こえるので中にいることは間違いない。 「ゆう、や…」 自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、ただ事ではないのかもしれないと思いすぐに扉を開く。 「お前、大丈夫…か」 「えっ勇也?!」 扉を開けると、ハルは肩で息をしていて苦しそうで、頬なんか紅潮していて… 「なんで下履いてねえんだよ!!」 咄嗟に入ってすぐのところに置いてあったダンボールを投げつける。それを避けてから焦ったようにズボンを履き直した。 「違…え、なんで勇也いるの?」 「人がどれだけ心配して…!つーか制服のままベッド入るなっていつも言ってんだろ!!」 「なんで俺こんなに怒られてるの…」 「何してんだよ」 ハルに詰め寄って胸ぐらを掴むと、恥ずかしそうに視線を逸らす。 「そんな、ナニって聞かないでよ…」 「やかましいわ!!!」 「なんか…その、そろそろ我慢できなくなっちゃって」 そうか、自分自身はそんなことないから気にしていなかったけれど、ハルはまた訳が違う。 「早退してまでか」 「勇也と一緒にいると我慢出来なくなるけど、でも勇也といるときにするわけにはいかないし…」 確かに、家にいる時は常に俺の側にいようとするし、それは自分が望んだことなのだからなんとも言えないのだが。 「もう1ヶ月以上我慢してたから…自分ですることくらいは許してください、勇也に無理矢理手出したりしないから」 「…ごめん」 「え?なんで勇也が謝るの」 俺のせいでやっぱりハルに我慢させてしまっていた。だからといってすぐにはいどうぞと体を開けるわけじゃない。きっとそれはもっとハルを傷つけることになる。 「そんなに溜まってるなら…他の女と寝たらいい」 「待ってよ、そんなこと言ってないでしょ」 「俺のせいでお前に我慢させたくないし」 「冗談じゃないんだったら怒るよ、俺」 ハルの目の色が変わって、睨みつけられる。本当に怒っている時の目だ。 この家を出ていってしまった時の、あの目。 「どうすればいいのか分かんねえ…我慢してたら辛いのはお前だし、かといってすぐに体を許せるわけじゃないし…」 無理に笑って見せるけど、自分でも引きつっているのがわかる。 「勇也が無理することないよ」 「でも…嫌だろ。それで俺に飽きられたら…俺も嫌だし」 「俺が勇也に飽きたりしないし…ねえ、ちゃんと聞いて」 目が潤んでしまって目を合わせられない。自分が言っていることが勝手だというのもよくわかっている。 「俺は勇也じゃないと嫌だし、そもそも」 「なんだよ…」 「俺もう勇也じゃないと勃たないし」 「はぁ…?」 こんなときに何をふざけたことを言っているのだと思わず睨んでしまう。 「勇也が大丈夫になるまでずっと待ってるから…だからそんな事言わないで」 「どんだけ時間かかるかも分かんねえし、大丈夫になるかどうかも」 「少しずつ慣れていこうよ…」 ハルの手がそっと俺の手に重ねられて肩がビクリと跳ねる。 そのまま確かめるようにハルの指が絡められて、指をなぞって撫でていった。 「何、してんだお前」 「これは怖くない?」 「…ああ、まあ」 「じゃあこれは?」 手の甲をくすぐられるように指が柔らかく動いて、目をつぶる。くすぐったいだけじゃない。 ハルに触られている。抱きしめたりキスしたりするのとは違う。 ハルの唇が瞼に優しく押し当てられて、また目を開いた。

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