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第174話Passion③

「怖くない…?」 声がうまく出せなくてこくりと頷く。それを見てハルは嬉しそうに微笑んだ。 手を触られているだけなのに、それは愛撫と言っても過言ではない程に艶めかしい感覚を与えてくる。 指の関節をマッサージでもするように強く刺激を与えて、一本一本丁寧に包んでいく。 ハルの熱が指から指へと伝わって、じんわりと体までが温かくなっていった。 「あっ…」 「ん?どうした?」 「な…んでも、な」 指が腕を這って袖口に侵入してくる。布と指が擦れて二重に微弱な刺激を受け取り、腰の力が抜けて口が開いてしまう。 「口開いてるよ」 「待て、これ…だめ…あっ」 開いた口の目の前にハルの顔が近づいて舌を出してくる。それに自然と吸い付いてしまい部屋には水音が響いた。 手を触られているだけなのに、キスなんてもう飽きるほどしたはずなのに、初めて恋をしたみたいに鼓動は早まっていく。 恋なんて自覚したことないし、気づいたらハルを好きになっていたからこれはあくまで比喩なのだが。 「まだ怖くなってない?」 「ん…」 火照った顔は冷めることを知らず、ハルの吐息で更に熱を増していく。 また唇を重ねて、舌の動きが激しくなると指の動きも連動して早くなっていった。 指同士が絡んでは離れ、ハルの大きな手に包まれて親指で手首を撫でられる。 「気持ちいい?」 そう聞かれるまでこの感覚がなんなのかはっきりしていなかったが、言われてしまえばもう気持ちいいとしか感じない。 尾てい骨の辺りが疼いて熱くなる。いつの間にか汗まで滲みでていた。 手を触られただけでこんなことになってしまうのが恥ずかしいけれど、ハルの手を振り解く気にもなれない。 舌が絡んで、指が絡む 唾液が交わされて、お互いの掌に浮かんだ汗が滑る 抗う気になんてなれなかった。熱に浮かされて呼吸を奪われて、ハルに聞こえてしまうのではないかと思うほど激しく鼓動が鳴る。 「勇也…好きだよ」 「んっ…あ…はる」 行き場を失っていた方の手を、熱を帯びて既に硬くなっていたハルのものに伸ばす。 けれど咄嗟に手を掴まれて制止されてしまう。 「いいんだよ、そこまでしなくても」 「なんで…」 何もしてやれないなんてもどかしかった。自分から触ることは怖くないし、少しでもハルを楽にしてやりたい。 きっとハルは手を触るくらいじゃ満たされない。自分はこれだけで溶けてしまいそうなのに、ハルにはまだ余裕が見える。 けれど我慢をしていることには変わりない。俺と同じくらい、ハルにも満たされた気持ちになって欲しかった。 「無理、してない…」 手首を掴んでいたハルの手を取って、そのまま自分の胸へと押し当てる。 鼓動が伝わっていくのが分かった。ハルの手が触れたからか、またそれは加速していく。 「…すごくドキドキしてるんだね」 「お前も…こうなって、ほしい…から」 またハルのものに触れて、柔く手で包んでいく。ハルは困ったようにはにかんだ。 「ダメだって勇也…あっ、ちょっと」 ズボンのチャックを下ろして、下着の中へ手を滑らせる。熱いそれを緩く扱き始めると、ハルは短く声を漏らすようになった。 もっと感じてほしい。その一心で手を動かしていく。ハルの目が潤んで呼吸が激しくなる。 その切羽詰まった表情が愛らしくさえ思えてしまう。 そう思っていたのもつかの間、腰を引き寄せられてまた唇同士が重なる。 さっきよりもずっと激しくハルの舌が口内を掻き回す。歯列をなぞったかと思えば上顎をくすぐり、持ち上げられた舌を吸っていく。 手を動かしてハルを追い詰めれば追い詰めるほどキスは深く激しくなって、お互い息継ぎをする暇すらなかった。 「勇也…あっ、もう…出るから、離して」 手は離さずに動きを早める。俺の首元に顔を埋めてそれに耐えようとするが、押さえつけようと俺の手に重なったハルの手にはもう力が入っていない。 「ふっ…う…ゆうや、ダメ、もうほんとに」 ハルの体がビクッと震えて、掌に温かいものが放たれた。それを掬いとると、すぐにティッシュで手についたものを拭き取られる。 「ごめん…手、汚しちゃって」 「別にいい…」 「良くないよ、ダメだよこんなの。俺、すぐ調子乗っちゃうから」 手を取られて、今度はハルの胸へと押し付けられる。 自分と同じくらい、はたまたそれ以上にドクドクと脈動が伝わってきた。 よく見ればハルの耳は赤みを帯びている。 「俺だって普段からずっとドキドキしてんの。ていうか勇也のこと好きなんだから当たり前じゃん。一緒に寝る時ですらこうなってるからね」 「だって、お前いつもはそんな…」 「抑えてるから。好きな子が隣で寝てるのに生殺し。今はそれでもいいし寝息が聞こえるだけでも幸せだけど…こんなことされたら、我慢出来ないかもしれないじゃん」 胸に当てられていた手はハルの頬へと移動する。頬もほんのり温かくて、ハルの柔らかい唇に手が触れると優しく食まれ、その挑発的な目と視線が交差した。 「好きだよ」 「そん…なの…」 「ん?」 「そんなの、知ってる」 目を逸らしながら少しムキになってそう言うと、頭を掴まれて何度も短いキスをされた。 「そんな可愛いことばかり言わないで…食べちゃうよ、本当に」 「…気色わりぃこと言うな」 「酷いなあ…けど、勇也を怖がらせたりしたくないから、今日はここまで」 その言葉に顔を上げる。こんなに体が熱くなってしまったのに、今日はもうお終いなのか。 そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしくなる。きっと焦って深く触れ合ったって怖くなるだけなのは自分でも分かっているから、ハルなりにも考えてくれているはずなのに。 「キスして、抱き合って…ちゃんと愛し合いながら勇也に触れたい。急ぐことないから、ゆっくり時間をかけて気持ちよくなろう」 「お、おう…」 「次はもう少し頑張ってみようか」 その次というのはいつなのだろう。明日?明後日?それとも週末だろうか。 「…そういえば勇也、なんで帰ってきたの?」 「お前があんなメッセージ寄越すから…風邪ぶり返したのかと」 「ごめんね。それで早退させちゃったんだ」 「本当にな、ふざけんなよ」 そういえば例の数学教師はなんだったのだろう。あの焦った様子は俺に対してだけだったようだ。 「どうかした?」 「いや…なんか数学の教師が妙で…」 「ああ、あの人ね、タバコの件があったときにちょっとお灸を据えただけだから大丈夫だよ、勇也は気にしなくて」 そうだ、こいつは教師の弱みまで握っているんだ。その気になれば辞めさせることも本当にできるのかもしれない。 「そうか…」 「今日の夕飯なに?」 「鯖の味噌煮」 「あれ好き!手伝うね」 キッチンに行く前に手を洗わせ、早めに夕飯の準備に取り掛かる。 次、いつその触れ合う時間が来るのかをひたすらに考えていた。

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