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第177話Caress③

唇を離してハルを見ると耳が赤くなっている。 いつもは余裕そうなくせに、こちらから何かするといつもこうだ。 けれどその切なそうな顔は変わらない。ハルは俺の肩を掴んでゆっくりと体を離す。拒むようなその挙動が少し心を掠めて、眉根が下がってしまう。 「自分を大切にしてって、俺言ったよね」 「…してる」 「それなら何してもいいなんて言わないで」 だって、俺がお前のものなんだったとしたら何されたっていいに決まっているじゃないか。そうじゃないとお前のものになれない。 「いい、何されたって」 「じゃあ、俺が勇也のことをこうやって強く押さえつけて、身動き取れなくなって、嫌だって泣いても無理矢理抱かれたらどうするの?」 「…別にいいって」 「良くない!それで傷付くのは勇也だけじゃないんだよ」 さっき言った通り強くベッドに押さえつけられて、ハルが俺の上に馬乗りになって身動きが取れなくなる。 何をされてもハルなら大丈夫だと思っていたのに、体は何かを思い出したように震え始めた。こんな自分は嫌だ。こんな自分の体が嫌だ。 「俺は勇也を大切にしたい。自分のものに出来てる自信が無いだけなんだ。勇也が俺のものなんだったら、尚更大事にしなきゃいけないのに自分のことばかり考えて…ダメだね」 手を退かして、震える体を抱きしめられる。露わになった肌へハルの体温が直に伝わっていく。胸の辺りに感じる早い鼓動は自分のものではなく、ハルのものだった。 「怖かったでしょ?ごめんね」 「べ…つに」 「こんな時まで強がらなくていいよ。ちゃんと大切にするから、勇也も自暴自棄になったりしないで。勇也は綺麗だよ」 またそれだ。そう言われる度に安心するのと同時に少し惨めな気持ちになる。気を遣ってそんなことを言わせてしまっているのだと思うと辛かった。 「…綺麗じゃ、ない。無理してそんなこと…言うなよ」 「綺麗だよ。艶があって櫛通りのいい髪も、下まつ毛が長くて少し色素の薄い目も、小さくて薄い淡い色の唇も、筋肉質なのに細い手脚も、透き通るくらい白い体も、全部」 この前の病室の時みたく言いながら箇所を優しく撫でていく。残っている痣の痕の上に唇を付けられて、その感触に思わず腰が浮いた。 「あっ…」 痛みが走り、痣の上にハルの印が乗せられる。 「俺は魔法使いじゃないから、勇也の嫌な記憶を消して塗り替えたりはできない。嫌な記憶ほど簡単に忘れられないのは俺もよく知ってるから。俺が忘れさせてやるなんて無責任なことは言わないよ」 そうだ、ハルは忘れろとは言わない。勿論自分としては忘れたいし消したい記憶ばかりだけれど、それが不可能なことはよく分かっている。 皆そうなんだ。忘れたい記憶を背負って、それでも日々を貫いているんだ。 「でもね、これから先の記憶を全部俺で埋めてあげることは出来るよ。過去にあったことはもう変えられない。過去があるから今があるわけだし…なんか、難しいね」 ハルの体がまた離れていきそうになったから、首に腕を回して繋ぎ止める。ハルは微笑んで、もう一度抱き締めて優しく頭を撫でた。 「本当に、焦ったりしなくていい。焦らなくても勇也は俺のものだし、俺は勇也以外を好きになったりしないよ。最後までするのが目的じゃないから、今日はここまでにしよう」 「……わかった…けど、それは…やだ」 「え?」 「最後までじゃ…なくていいから、今日…」 その先は詰まって言えなくなる。いきなりこんなことを言ったら引かれるんじゃないかとか、また止められるかもしれないなんていう不安が頭をよぎった。 「何、言っていいよ?」 「…したい…もっと、さわ…って」 顔に熱が集まっていく。目を見ながら言うなんてことはもちろん出来なかったから、視線の先にあったのは壁だけだ。 眩かったはずの照明は完全に覆いかぶさったハルの肢体に隠れて、俺の顔に影を落としたかと思うと唇を奪われる。 余裕のなさそうなその舌の激しい動きが何故か嬉しい。俺の体にはあまり触れないようにとシーツを強く握っているからか、酷くシーツにシワがよる。 「我慢するけど…きついなこれ。どうしよう、凄く可愛い」 「可愛くな…あっ」 大きな手が胸板の上を滑っていき、その胸の先端を掠めると痺れたように反応する。あくまで優しく、なにか目的を持った触り方ではない。確実にそこを責められている訳では無いから、ただただその柔い刺激に耐え続けた。 「怖くない?」 「ん…大、丈夫」 また肌の上を舌が這い、生温いその感覚がなんとも言えない気持ちにさせる。声を漏らさないように唇を噛み締めながら、熱い吐息を歯の隙間から漏らしていく。 「んっ…あ、や…あぁっ…」 先端を捉えられ、温い舌がその粒を弾く。確かに与えられたその官能的な刺激に腰が浮き、吸い付かれるとまた甘い声が漏れた。 目を閉じたら思い出してしまう。そう思って僅かに目を開き、その様子を見つめる。ハルが自分の胸元に顔を埋めてそこを舐めているのがはっきりと目に映り、嬌声は羞恥に染まった。 「あっ、あ、いや…んっ、そこ」 「嫌?」 「ひっ…あ、喋んな、んっ…」 ひたすら舌での愛撫を続けられ、頭の中はもうふやけてしまいそうだった。もう片方の先端は指で摘まれ、僅かな刺激を与えられる。 決して強いものではなく、優しく愛でているかのようだった。 「も、だめ…そこ、いいから…」 「ああ、こっちも欲しいって?」 「ちが…あっ!ん…だめ、だって」 今度は手で弄んでいた方を口に含まれる。口の中でころころと転がされ、固くなった突起を撫でられる感触が耐え難くて、無意識に腰が揺れた。 「はぁっ…あ、も…むり…だめ」 「今日はこれで終わりにする?」 「〜っ…や、だ…」 耐えられないくらいに気持ちがいい。もっと触れられたい、頭の中をハルだけで埋めつくしたい。まだ胸に吸い付くのを辞さないハルの髪の毛を掴んで引き剥がそうとするが、それでも離れようとしなかった。

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