テストも返却され、また通常授業が始まった。昼休みには同じように四人集まり、珍しく弁当をつついている真田がひっきりなしに喋っていた。 「遥人筋肉痛かなんかなの？」 「え？違うけどなんで」 「今日ずっと片腕痛そうにしてるから…」 「なんか痺れちゃって、寝方が悪かったかな」 恐らく俺の頭を載せていたせいなのだろうが、勝手に腕枕をしてきたのはあっちなのでこちらから謝る義理もない。 「聡志、今日は珍しく弁当なんだな」 俺も気になっていたことを上杉が聞いてくれた。それを言われた真田は何故か恥ずかしそうに弁当箱を隠す。 「いや、お袋には弁当つくらなくていいって毎日言ってんだけど…いつも早弁して食ってたのに今日はその時間なくて」 「ああ、そういやお前いつも二限終わったあとになんか食ってんな」 二限が終わったあとの業間に隠れながら何かを食べているのは見たことがある。あれは母親が作ってきてくれたものだったのか。それを隠す必要性があるのかどうかは不明だが、毎日弁当と購買のパンを食べているとなるとかなりの量と出費だ。 「聡志って食べたものどこに行ってんの？細いし勇也ほどの筋肉もないし、身長も…」 「うるっせーな！身長はこれから伸びるんだよ！」 「成長期は今更来ないと思うのだが…」 「だからうるせえっつーの！」 うるさいと言っている真田が一番うるさい。ハルの時よりも上杉に何か言われた時の方がうるさく噛み付いているような気がする。 「せっかくお前の母ちゃんが作ってくれてんだから、何も早弁して隠しながら食うことねえだろ」 「だって恥ずかしいだろ、高校生にもなって母親が弁当作ってくるの…」 「じゃあ自分で作れよ、食費いくらかかると思ってんだ」 「お袋みたいなこと言うなよ！そういう双木の親は…」 そこで、真田はしまったといったような顔をする。 「ごめん、双木…俺余計なこと」 「…別にいい。前からずっと家のことは自分でしてたし、今はこいつがいるから」 少し微妙な空気にしてしまったかもしれない。それを気にしたのか、ハルは無遠慮に俺の頭を撫でた。 「やめろ、ここ学校だって」 「いいじゃん。もう少しこうさせてよ」 「チッ…好きにしろ」 その様子を見ていた上杉がまた顔を赤くし始める。毎度毎度俺達がなにか喋ったり近づいたりするだけでこれだ。そろそろ慣れて欲しい。慣れてしまっている自分が怖くもあるのだが。 「その…双木は最近、丸くなったな」 「あ？まぁ…三食きっちり食うようになったしな」 「その丸くなったではなく、雰囲気の話だ」 「あー確かに、最初の頃の双木はもっと怖くてトゲトゲしてたよな。俺は一匹狼だぜって感じの」 尖っていた自分を思い浮かべるのも少々恥ずかしい。そんな風に見えていたのだろうか。 でも確かに、誰とも関わりたくなかった故に人を寄せ付けないオーラを放っていたのかもしれない。 「今の勇也は大人しいチワワだもんね」 「誰がチワワだよふざけんな。狼でいいだろ別に」 「そうやってすぐに噛み付いてくるから、ちょっとチワワにしては凶暴だね」 茶化すようにそう言ったハルの脇腹を肘で思い切り突く。こうやってすぐに手が出るのもチワワと言われてしまう所以なのだろうか。 「確かに双木ってチワワっぽいな。遥人みたいな勝てるはずのない大型犬にキャンキャン吠えてる感じ」 「真田てめぇいい加減にしろよ…そんなの本気でやってみねえとこいつ倒せるかどうかなんて分かんねえだろ」 「待って、なんで俺と勇也が戦う前提なの？でも、こんな可愛いチワワ相手に攻撃なんてできないな」 目を細めてゆるりと微笑むハルの顔が日に照らされたのが眩しくて、つい目を逸らしてしまう。 ムカつくはずなのに、何故かまた頬は熱をもって心臓がうるさく鳴り始める。 「……そういや、上杉は虎次郎…お前の父親にこの前のことは言ったのか？」 あまりにも唐突な話題転換に一同は目を丸くするが、上杉は少し考えるような素振りをしてから弁当をしまいつつ、質問に答えようとする。 「それが、ずっと多忙なようで会えていない。大きな事があるのか、家を空けていることが多いんだ」 「ああ、俺のオヤジもそうだよ。また何かしら関わってるんだろうな。お袋がこの前謙太んとこの親父と電話してるの聞こえたけどそんな感じだったから」 話を聞く限り、真田の母親と虎次郎はそれなりに親密な仲なのだろうか。その母親も例の昔馴染みのうちの一人なのかもしれない。 「へえ、大変だね。通りで最近使いパシリもできないわけだ」 「お前はまたそんなこと…」 いい加減、その人使いの荒さはどうにかして欲しいものだ。年功序列が絶対という訳では無いが、仮にも相手は歳上なのだから。 「勇也、今週の土曜ショッピング行こう。車出してもらえないから電車になっちゃうけど、俺がちゃんと着いててあげるから」 「ああ…なんか色々買うんだってな」 「言っておくけど、勇也の買い物でもあるんだからね」 「分かってるって」 久しぶりにハルと二人で外出ができる。別にただ買い物に行くだけだから特別なことでもないのだけれど、楽しみと言えばまあ楽しみだ。 「お前達人前でそんな…で、デートの約束など…」 「デートじゃねえし！勝手に赤くなんな」 みんな相変わらずだが、なんだかんだ言って俺はこの騒がしい昼休みが少し好きだった。