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第183話Missing person
ハルは席につくと、何かを探しているのか辺りを見回し始める。
「メニューってどこにあんの?」
「店まで自分で行って注文すんだよ」
「そうなんだ、ファミレスより面倒臭いね。じゃあ俺行ってくるから、勇也は待ってて。なにがいい?」
「…ダブルチーズバーガーとコーラ」
小走りで行くハルの背中を眺めて席につく。
世間知らずもいいところだ。本人が楽しそうだから別にいいのだが。
席は取れたとはいえ休日の昼時はやはり混み合うようで、ハルの前には既に十数人が並んでいる。
特にすることもないので並んでいるハルの後ろ姿を眺めていると、背後に誰かがたったような気配があった。
『お前、双木勇也だよな』
その声に聞き覚えは無かったが、自分の名前を知っているのなんてうちの学校の生徒か中学時代に因縁のあった者達だ。おそらく後者だろうと分かっていながらも、心を落ち着けて振り返る。
「…何の用だ」
やはり顔も見覚えはない。制服を着ていたから近所の高校生だというのは分かる。それも治安が悪く荒れていると有名な学校だ。
相手は二人組。その見た目からして、お世辞にも強そうとは言えない。しかし一年生でも無いようだし面倒だ。
ハルが来る前に片付けることもできそうだが、自分の喧嘩の腕が鈍っていることくらい自分が1番良く知っている。
『まあまあ、そんな怖い顔すんなって。俺達は喧嘩をしに来たわけじゃねえんだ』
「信じられるかよ、そんなの」
『本当にちょっと話すだけだからよ、5分だけでもいい』
ハルが戻ってくるまで少なくとも十分はかかるだろう。溜息をつき、仕方なくその二人が手招きして歩いていった先に続いた。
『お前、今ここの学校通ってるんだよな?』
そう言って見せられたのは、うちの学校の校門の写真だった。人が大勢いて手作りのゲートも写っているから、恐らく文化祭の時のものだろう。
「そうだよ…それがどうした」
『…ジュリエット』
思いがけなかったその言葉を聞いて、伏せていた目を見開く。
『その顔、やっぱり…』
相手は俺の顔を見て口の端を上げた。まさか、バレてしまったのか。けれどそんな、他校の奴らまで見に来ているなんて知らなかったし、自分のあの姿を見られてしまったのだと思うと顔から火が出るほど恥ずかしい。
これをネタに揺すられるのだろうか。恥ずかしいのと混乱するので頭の中はいっぱいいっぱいだった。
「それ、は…その」
なんと言い訳をしようかと考えを巡らせるが言葉が出てこない。自分が女装してましたなんて素直に言うのは絶対に無理だ。けれど自ら望んでやった訳でもない。
言い訳をするよりも先に、相手が言葉を発してしまった。
『やっぱりその顔、ジュリエットの正体を知ってるんだな?』
「は?」
かいていた冷や汗が引っ込むほど拍子抜けする台詞だった。
正体を俺が知っていると思っているということは、ジュリエットの正体が俺だとは気づいていないのか。
安心して胸をなで下ろすが、ますますこいつらが俺を呼びつけた意味がわからない。
『ロミオやってた…元五中の…ほら、なんだっけ』
『あれだろ、小笠原遥人。腹立つ顔してるやつ』
別にハルの顔は整っているから腹の立つ顔では無いし、どちらかというとこいつらのほうが個性的な顔をしていると思うのだが、一体こいつらの話の本筋は何なのだろうか。
『そう、それでその小笠原とお前、仲いいんだろ?』
「別に仲良くねえし…」
『嘘つけ!仲良くねえのに休日二人で買い物なんてしねえだろうが!』
言われてみればそうなのかもしれないが、俺とハルの場合は仲のいい友達同士で買い物をするのとはまた違う。帰る家は一緒だし、どちらかというと家族でショッピングに来たようなものだ。
「それで、何が言いたい」
『だから、そのジュリエットに会わせろって』
「は?無理に決まってんだろ、帰れよ」
『別に俺達が会うわけじゃねえんだ、その、頼まれたから…せめてジュリエットの名前だけでも…』
何故そんなにもジュリエットに会いたがるのだろう。やはり女装しているとバレたのか。
「それ知ってどうすんだよ」
『だから、ジュリエットに会いたいって人がいるんだよ!』
「はぁ?意味わかんねえ。なんでそんな…」
『ジュリエットが可愛かったから会いたいんだってよ…いや、俺だってできればひと目見てみたいけどさ』
目の前に本人はいるのだが。やはり気づかないものなのか。
いや、そもそもメイクや舞台の効果でそう見えているだけであって、頭の中のジュリエットが大分美化されているのが余計に恥ずかしい。
「…無理だな、諦めて帰れ」
『頼む!本当にこれだけは知っておかないと…』
「大体なんで俺なんだよ、ハ…小笠原に聞こうとは思わなかったのか」
『だってあいつ強いじゃん!本当は小笠原遥人に聞けって言われたけど…丁度お前いたし』
眉根がピクリと動く。随分なめられたものだ。小笠原は無理だが、俺一人なら大したことないと思われたということか。
「てめぇら、いい加減に…!」
俺が何かをいう前に、前にいた二人の表情が急に変わって青ざめていく。
自分がそんなにまずいことを言ったかと思ったがそうではないらしい。自分の後ろに立っている陰から、ものすごい圧を感じる。
どう考えても、それは自分のよく知るハルの気配であった。
「なにやってんの勇也。俺も混ぜて?」
振り返りそうになったが、そこは思いとどまる。きっと、ハルは今とてつもなく恐ろしい顔をしているから。
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