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第184話Missing person②
『な、なんで小笠原…お前』
「なんでって何が?」
『さっきまであっち並んでただろうが!』
「うん、だからさっき注文してからレジのお姉さんに席まで持ってきてくださいって頼んだの」
ここの店にそのような制度は無かったはずだが、ハルの事だから少し色目を使えばどうにでもなるのだろう。それに少し呆れつつも、未だに振り返ることは出来ない。
「それで、勇也になんの用?俺でも聞ける話なら聞くけど」
『いや、それは、その…』
「…聞かれたら困る話なのかよ。言えよ早く」
その声色が変わり、目の前の二人はコソコソと話しながら慌てふためいている。そして一人の方が意を決したように口を開いた。
『その…ジュリエット』
「はぁ?」
案の定、ハルも気の抜けたような声を出す。
『文化祭!お前と一緒にジュリエットやってた子いるだろ!その…誰なのか、教え…教えてください』
「は?嫌だよそんなの」
『そこを…なんとか。頼まれてるんだよ…』
それにしても、この二人はどうしてここまでしてジュリエットの正体を知りたがるのか。その頼み事をした人物というのも随分と物好きなようだが、よっぽど恐ろしい存在なのだろうか。
「頼まれてるって、上のやつにってこと?見たとこあんたら俺達より年上みたいだけど…三年とかそういうことなの?」
『いや、その…上は』
『バカ、言うなよ!』
「言えよ」
『あ、はい…中学三年生の…』
中学というのは俺の聞き間違いだろうか。ようやくハルと顔を見合わせるが、もう顔からは力が抜けているようだった。
「中学生?あんたら中学生の下に敷かれてるの?」
『くそ…なんで本当のこと答えるんだよ!』
『だ、だって』
「まあいいや、中坊がなんだか知らないけど、ジュリエットのことは教えられない」
ハルがそう断りをいれると、二人はがっかりして肩を落とした。ハルをどうにか無理やり説得する気にはならないようだ。まあ確かに、戦ったところでこいつに勝てるはずもないが。
『そこを、どうにか…』
「ジュリエットは俺のだから。変な詮索入れたらただじゃおかないからね」
口元は笑っているし声も優しいけれど、その目は全く笑っていない。
引きつった表情を見せて、その二人は去っていった。
二人を追い返してから、何故かハルは不機嫌そうに頬を膨らませている。
「…おい、なんでお前が不機嫌なんだよ」
「だって、振り返ったら席に勇也いないし…何で勝手にいなくなるの」
「別に…俺でも勝てる相手だと思ったから」
肩を強く掴まれ、無理矢理ハルの方を向かされる。少しその力が強くて顔を歪めた。
「そういう問題じゃないよね」
「俺だってなめられてばっかりじゃ気が済まねえし」
「だからって俺の知らないところで一人になったりしないでよ。俺の手の届かないところで、何かに耐えようとしないで…」
ハルが言っているのは何も今日のことだけではないのだろう。
けれど、俺だっていつまでも迷惑をかけていられないし、なめられるのは何よりも嫌だった。
「けど、お前にばかり迷惑かけてられねえし…あいつら二人くらい俺なら余裕だろ」
「あーもう!それ以上屁理屈言ったらキスするよ!いいの?」
人気の少ない場所とはいえショッピングモール内だというのにそんなことを言うから、咄嗟に口を噤んでハルを睨み返す。
「勇也がどうとかっていうか…俺が死ぬほど不安なの。わかる?」
「…別に」
「別にじゃなくて。勇也に何かあったらと思うと気が気じゃないんだよ…お願いだから分かって」
力の篭ったその目を見てしまったら逸らせない。本当は分かっているはずなのに。あの時の出来事を未だに恐れているのは、俺だけじゃないことを。
「…ごめん」
「分かってくれればいいんだよ。もう一人でどこかに行ったりしないでね」
まるで子ども相手みたいに頭を撫でられて、また俺も子どもみたいに拗ねてその手を払い除ける。
取ってあったテーブルへつくと、丁度そこへ女性店員がハンバーガーのセットを運んできて、何だかハルの方へ目配せをしながら小さな紙切れをトレイの上に置いていった。
「なんだそれ」
「さあ…?」
その紙切れをハルが開くと、中には短い数字の羅列が書かれていた。恐らく電話番号だろう。
「…お前、色目でも使ったのか」
「そんなんじゃないよ。別に、普通に頼んだだけっていうか…軽く褒めてから声掛けただけだし」
声を掛けなくても、ハルのルックスがあれば誰だって気に留めてしまうというのは良く分かる。分かっているけれど気に食わない。たとえ思っていなかったとしても、誰にでも優しく接して甘い言葉を囁くあいつが。
「別にいい。今更だし」
「怒ってる?ねえ、ごめんってば」
「…怒ってない」
怒ってはいない、本当に。ただ悔しいだけだ。嘘でも自分以外に目を向けられることが。
ヤケになったみたいにハンバーガーの包みを取って齧り付く。昔よく食べたことのあるチープな味がした。これが到底ハルの口に合うとも思えないし、栄養のことを考えても、あまり良いとは言えない。
少し酸っぱくて平たいものが歯に当たる。咥えてから、それは数少ない嫌いな食べ物のうちの一つだと気づいた。
ピクルス。どうしても食べることが出来ない。チーズバーガーを頼んでしまったのが運の尽きだった。どうすることも出来ず、引き抜いたそれを咥えたまま静止する。
「なに、それ…ピクルス?ハンバーガーに入ってるんだ」
軽く頷くけれど、ピクルスをどうにかしなければ喋ることもままならない。
高校生にもなって好き嫌いをするのは良くないけれど、これを食べたら戻してしまいそうだ。
困惑しながら、ハルの方を見つめた。
「どうしたの…?あ、もしかしてピクルス嫌い?」
「ん…」
ピクルスを咥えたまま頷き、ハルが手を出すのでその上に出せということかと思い、戸惑いながらも顔を前に出す。
その手はピクルスを通り越して顎を掴み、顔がさらに前へと引き寄せられたかと思うと、目の前の唇がピクルスを咥えて奪っていった。
一瞬のことで何が起きたのか分からないが、唇が触れるか触れないかの距離。ハルは何も無かったかのようにもぐもぐと咀嚼を続ける。
「お前…なに、して…人いるのに」
「誰も気にしてないよ。可愛い男子高校生がちょっとふざけあってるだけ」
可愛い男子高校生と自分で言ってしまうのはどうなんだとか、ふざけあっていると言うよりかはハルが一方的にからかっているだけじゃないかとか突っ込みどころはいくつかある。
確かに周りの人間はさほど気にしていないようであったが、不意打ちでハルの顔が近くに来たことによって俺の顔はどんどん熱くなっていった。
「顔真っ赤、可愛い」
「バカ…!」
「勇也が顔突き出してくるからそういうことかと思ったんだけど」
「ちげえよ…くそ、早く食え」
悠長に包みを開けるハルとは逆に、変に焦りながらダブルチーズバーガーを貪り食った。ハンバーガーの味なんて全くわからなくて、喉に詰まって苦しくなる。
こんなことでいちいち恥ずかしがっていたらきりがない。元はと言えば人前でこんなことをするハルが確実に悪いのだが。
いつの間にか味のしないハンバーガーを完食し、手をつけていなかったコーラを飲みながらハルが食べ終わるのを待つ。
炭酸が喉をパチパチと刺激して、冷たいはずなのに顔の火照りは冷めることがなかった。
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