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第185話Missing person③
食事が終わり席を立って、残ったトレイなどは自分で片付けるのだとハルに教える。満足しているようだったが、別にハンバーガーが凄く美味しかったという訳では無いらしい。
「お前、アメリカに住んでたんだろ。ハンバーガーとか食わねえの?」
「アメリカイコールハンバーガーなんだね…俺はあっちにいる間もイタリアンとか食べてたよ、多分」
「そういうもんか…」
「勇也の作ったご飯ならなんでも好きだよ。一番美味しい」
「じゃあピーマンとニンジンも残さず食え」
そう言った途端そっぽを向き、またフラフラと歩き始める。最近は前よりか野菜も食べるようになったが、この前俺の目を盗んで俺の器へ野菜を移していたのを知っている。
「お前なあ、好き嫌いばっかりしてると…」
「野菜一個食べたら勇也がキスしてくれるとかじゃないと頑張れない…」
「我儘言うな」
「いいじゃん減るもんじゃないし」
減る。神経がすり減る。毎食そんなことをしていたら心臓がいくつあっても足りない。
「ほら、次どこ行くんだよ」
「ん〜次?適当にふらふらしようかな〜って」
言葉の通り適当に歩を進めるハルの後を着いていき、特に何を買うわけでもなく気になった店に入って暇を潰した。
「この抱き枕凄く柔らかい、かわいいね」
雑貨等が売っている店の中、ハルはぬいぐるみの積んであるコーナーで足を止めた。
女子向けのグッズが多いから周りの客も勿論女子高生などが大半なのだが、その中で子供みたいな笑顔を浮かべて大きなクマの形をした抱き枕を抱きしめているハルは異質だった。
正直普通に可愛いと思ってしまうし、周りの客が向ける目もそのような意味を孕んでいるのだろう。
「恥ずかしいからやめろ」
「これ買ってもいいかなあ」
「…お前って意外と少女趣味っていうか子どもっぽいよな」
「夜、なにか抱きしめないと昔から眠れなかったんだ。一人が怖くて」
そういえば、ハルの部屋を掃除していた時に収納の中からくたびれたぬいぐるみが出てきたのを思い出す。昔はあれを抱きしめて眠っていたのだろうか。
「じゃあ、今日からそれ使うのか…」
「うん。勇也も気に入ると思うんだけど、だめ?」
「…だめじゃ、ねえけど」
またこの頼み方だ。急に幼くなったように甘えてくるハルにはどうも弱い。しかし今回に限っては頷きかねない。
「俺じゃ駄目なのかよ」
「へ…?」
「だから、抱き枕なんてなくても…俺でいいだろ」
思わず言ってしまったが、抱き枕相手に俺は何をムキになっているのだろう。
「…冗談だから、忘れろ」
何となく、抱き枕に負けたと思いたくなかった。あのベッドの中で、抱き枕に面積を占領されるなんて御免だ。
「抱き枕に嫉妬なんて可愛いね」
「嫉妬じゃねえし声でかい黙れ」
「そうだね、俺には勇也がいるからこれは必要ないか」
やけに上機嫌な様子で店から出て、また適当に歩いていった。
「もう次のテストが終わったらあっという間に冬休みだね。一月以降は過ぎるの早いし、先輩は卒業して俺達がまた先輩になるんだよ」
「気ぃ早すぎだろ」
「先のこと見てないと楽しくないじゃん。去年の今頃、俺はもう勇也と暮らす計画立ててたよ」
「純粋に気持ち悪い…」
ハルは先のことを良くも悪くも考えすぎだ。俺の過去ばかりズルズルと引きずるのも良くはないのだろうけれど。
「冬休みの旅行先も、実は既に決めてあります」
「ああ、そんなこと言ってたな…」
「箱根とか鬼怒川とかも迷ったんだけどね…今年の冬は河口湖に行こうかなって」
河口湖と聞いてあまりピンと来ない。聞いたことがあるような気もするし無いような気もする。
「河口湖ってどこだ」
「富士山が見えるとこ」
「ああ…山梨?静岡?の…」
「そ。冬に見る富士山が一番綺麗なんだってさ。丁度冬休みも23日からだし、そこからクリスマスまで旅館取っておいたから」
あまりの用意周到っぷりにやや呆れる。まだ一ヶ月も先のことだというのに。
「変に高い旅館とか予約してないよな?」
「質素な旅行って言ったでしょ。普通のとこだよ。でもちゃんと露天風呂から富士山見えるから」
旅行にかかる金額の相場は分からないけれど、準備にはそれなりの費用がかかるだろう。
「…ありがとな。いつかちゃんと、返すから」
「返すって何を」
「金とか、色々。恩返しっていうか」
「俺はもう、勇也に沢山貰ってるよ。恩返しするなら、この先もずっと一緒にいてくれるだけでいい」
そんな簡単なことでいいのかと言いたくなってしまうが、簡単なように聞こえて、それが難しいのかもしれない。
もう離れないと決めたけれど、俺たちの関係はそれでも脆いのには変わりない。相手から突き放されても離れない保証なんてどこにもなかった。
「それに返されても一緒に住んでるし。俺は勇也のためにお金使うから意味無いよ」
「そうか…」
別に金を使ってくれなくたっていい。俺もハルとただ一緒にいられれば満足だった。言わなくたって一緒にいてくれるのだろうけど、やはりまだ不確かだ。この先何があるのか分からない、本当に。だからこそそれを乗り越えてゆかなければならないのだけれど。
「あ、これ綺麗」
今度はなんだと目を向けると、フロアの一角にあった小さな花屋を指していっているようであった。誕生日プレゼントにも花をくれたし、そういうのが好きなのだろう。
「なんていう花なんだ、これ」
ハルが見ていたのは鈴のような形をした紫色の小さな花。花の名前を聞いたところで分かるわけないかと思ったが、意外にもハルは得意な顔をしている。
「カンパニュラ。花言葉は感謝とか、色々あるけど」
「詳しいんだな」
「父さんの部屋にあった本を昔読んだことがあってね。綺麗に揃えられた本の中に一冊だけあった、くたびれた花言葉の本」
第一印象は冷徹だったから、それもまた意外だ。ハルの話を聞く限りでも随分仕事熱心なひとだったようだし、花を趣味にしているとは思わなかった。
思い返してみれば、確かにハルの父の部屋には花が飾ってあったような気がする。
「お前の父親の部屋にあったのも同じ花か?紫色の」
「ああ、あれはクロッカスだったかな。花言葉は愛の後悔。なんか不吉だよね」
「よく覚えられたな」
「興味あることはすぐ覚えられるんだ。家庭科の教科書は何回見ても覚えられないんだけどね」
そのカンパニュラというらしい花をハルが手に取り、店員に何やら話しかけている。
「どうすんだ、それ」
「佳代子さんにあげようと思って。明日来るでしょ、だから日頃の感謝を込めてさ」
「まあ、いいんじゃないか」
紫色の小さな鈴の花の鉢植えをひとつ購入し、可愛らしい包装の施されたバケットの中で揺らす。
感謝の気持ちをこのような形で伝えることも出来るのか。花は偉大だ、ただ綺麗なだけじゃない。
ある程度ショッピングモール内を見回って、ロッカーから荷物を取り、比較的空いている電車に揺られながら帰った。ハルが荷物を持ってくれる代わりに、俺は花の入ったバスケットを抱える。
誕生日に貰った三本のバラのことを、ふと思い出した。
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余談ですが4月10日は小笠原遥人の誕生日
でした。おめでとうございました…
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