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第193話Winter

「双木…大変なことになった」 深刻そうな顔をしてそう言ってきたの真田だった。この前中間テストが終わったばかりなのに、もう期末テストまで残すところ1週間となっていた。 ちなみに真田も、俺達が佳代子さんを知っていたからてっきり真田の母親であることも知っているものだと思っていたらしい。俺たち四人の妙な繋がりは、元をたどると面白いくらいに縁があったようだ。 「なんだよ、また課題忘れたのか。写させねえからな」 「え、写させてくんねえの?!…ってそうじゃなくて、もっとやばいんだって」 「課題くらい自力でやれよ…それでどうした」 あんな顔をしていたから、もしかして真田の父の身に何かあったのだろうか。緊張した面持ちで真田が呼吸を起き、俺の方を見据える。 「俺、次の期末で赤点取ったら補修どころが進級危ないらしい…」 「は…?」 心配して損したと思ったが、真田にとってはこれが余程重要なことらしい。確かに、教師の口からはっきりと留年警告をされたら焦るのも無理はないが。 「なあ、どうしよう双木〜!」 「どうしようって自分のせいだろ。期末で赤点取らなきゃいい話だろうが」 「それが出来ないから言ってるんだよ!」 クラスの周りの連中にも真田の声は聞こえている。皆呆れた顔をして苦笑いをし、中には来年から後輩だなだなんて茶々を入れる生徒もいた。 しかしながら進学校でこれ程の勉強しないアホも珍しいものだ。 「あと1週間だぞ。流石に勉強してるだろ」 「…してたら今こんなに嘆いてない」 こう言われては呆れざるを得ない。ため息をついて上杉の席の方を見たが、丁度今は席を外しているようでその姿は見えなかった。 「俺に言ったところで解決しねえだろ」 「双木頭いいじゃん?だから…」 「勉強教えるならハルの方が適任だと思うけどな」 「断られてるんだよ既に!謙太は頭良いけど教えるの下手なタイプだし…理系は多分双木がクラスで一番出来るし」 ハルが断った気持ちもよくわかる。真田には悪いが面倒なことこの上ない。しかし、自分がこいうやつを放っておくことの出来ない性格だというのも充分承知していた。 「…放課後、少しだけなら」 「ありがとう双木〜!」 真田が勢い余って抱きついてくるから引き剥がそうとするが、ハルと違って頑丈じゃないからあまり強く叩いたり突き飛ばしたりすることもできない。 そんな時、クラスの女子の小さな黄色い悲鳴が耳に飛び込んできたかと思うと、遠慮なく教室に入ってきた人影が真田の体を俺から引き離していった。 「ハル…お前どうして」 「謙太くんと委員会の仕事でプリント運びに来たの。それで聡志は何やってんの」 「遥人顔怖いんだけど…俺はただ、双木が放課後勉強教えてくれるっていうから…」 真田の方に向けられていた鋭い視線はいきなり緩み、今度は俺の方へその目が向けられた。 「こいつが進級危ないって言うから…まあ、その…友達、だし」 友達と口にするのも少し照れくさいが、もう真田のことを友達と呼んでも差し障りないはずだ。 一方のハルはまた捨て犬のような目をして俺の方を見つめてくる。 「勇也…俺と一緒に帰るのはどうなるの?」 「お前も真田に勉強教えればいいだろ。英語とか俺得意じゃねえし」 「えー…でもまあ、仕方ないか…いいよ、手伝ってあげる」 「俺が頼んだ時は即答で断ったのに…」 そこへまた大きな影がもうひとつやって来て、会話に混ざりたそうにそわそわしていた。 「…上杉、お前も放課後一緒にやるか?」 「い、いいのか?練習があるから少し遅れるとは思うが…」 「まあいいんじゃない?謙太くんいたほうが聡志のおもり楽だし」 あからさまに喜ぶ上杉がなんだか新鮮で、少し表情が緩んだ。 それを見ていたクラスの女子グループが、主に真田の方に向かって歩いてくる。 『聡志だけずるくない?あたしらだって遥人くんに教わりたいんだけど』 『私も双木くんと話してみた〜い』 『ねえ、私達も一緒でいい?』 会話が弾丸のように飛んでくる。それに少し戦いていると、ハルが優しい笑みを浮かべながら僅かに眉を下げた。 「ごめんね、聡志は本当に進級危ないから今回は特別。それに君たちそんなに成績悪くないでしょ?」 『あ、いやでも…苦手教科とか』 「とか言って、赤点とってないよね。皆ちゃんと自分で勉強出来てるんだから偉いじゃん」 俺の前で見せるのとはまた違う優しい作られた微笑みに、女子達と一緒に俺まで顔を赤くしてしまう。 「期末までは聡志専属の教師やるから直接教えられないけど、何かわからないことあったら俺に連絡してくれてもいいから。それじゃあダメかな?」 『ダメじゃない…ありがとう!』 『う、うん。私自分でも頑張るから!』 『じゃあ聡志、頑張ってね!』 完全に浮かれた様子で去っていく女子達を横目に見た後、ハルの方を睨みつける。随分手慣れているのがなんだかムカつく。 「勇也、怒んないでよ。勇也があの子達に勉強教えるのが嫌だっただけで」 「別に怒ってねえし」 ハルじゃあるまいしそんな小さなことでいちいち嫉妬なんてしない。ただ少し、その女子達と連絡をすることや、それによってハルの時間が取られてしまうのが気に食わないだけだ。 「小笠原、仲睦まじくいちゃついているところ申し訳ないのだがそろそろホームルームが始まるぞ」 「…上杉、お前は一言多い」 「はいはい、じゃあまた後でね。図書室でこの人数喋ってると迷惑だろうから、俺の家集合で」 ハルはそう言いながら俺の頭を優しく数回撫でて、運んでいたプリントを教卓に置き教室を後にした。 クラスの連中が見ている中で頭を撫でられたのが恥ずかしくなり、俺は段々下を向いてその顔の火照りを冷まそうと努めた。 ホームルーム後は隣のクラスを覗いて、まだ終わっていなかったようなので昇降口でハルを待つ。横を通っていく生徒達が俺の姿を二度見するのは未だに慣れない。最初こそ気を引くためだったが、今ではハルの言う通り好きでこの格好をしているから特に止めるつもりもない。 昇降口にやっと姿を現したハルはまた周りに女を侍らせていて、内心もやもやする。不機嫌なのを悟られまいとハルが気づいてこっちにやってくるのに背を向けて先に校門へ向かって歩いた。 そんな俺のことを、慌てて小走りになりながら追いかけてくるハルが愛おしい。置いていかれてポカンとする女子達にざまあみろと心の中で声を掛けた。つくづく自分が嫌な奴だなとは思う。 けど悪いな、こいつは俺のなんだ。

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