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第194話Winter②

「待って、なんでそうなるの。B組は三角比やってないなんてことないよね?」 「さんかくひ…?」 「サインコサインタンジェントって習っただろ」 「駄目だ、聡志のこの顔は分かっていない顔だ」 部活終わりの上杉が参加してからまだ数分しか経っていないのだが、既に難航気味だ。まずは真田が一番苦手な数学から手をつけてみたものの、みんなが思っていた以上に真田は数字に弱かった。 「ここで詰んでたら二年生で三角関数やった時に死ぬよ?」 「え、俺死ぬの?三角関数ってもう名前から嫌いなんだけどなにそれ」 「ハル、真田が混乱するから急に新しい単語出すな…」 「だって要領悪すぎて勇也に教えるときと違うんだもん」 上杉は真田の授業用ノートを見て顔を顰め、それを俺達にも見せてきた。 俺とハルは呆れて言葉も出ない。こんなノートの取り方をしていたらテストができないのも当たり前だ。 「…勇也、数学のノート見せてあげて。勇也のノート綺麗でわかりやすいから」 「遥人もノートとってねえの?」 「聡志と違ってちゃんと書いてるけど、基本全部予習で埋まってるし問題しか解いてないから」 内容は嫌味なのだが、ハルにとってはそれが普通で造作もないことなのだろう。言われた通り二階からノートを取ってきて真田に渡した。 「すげえ…双木字めっちゃ綺麗だな。小さいけど」 「女子みたいな字って言ったら殺す」 「言ってないじゃん!褒めただけじゃん!」 俺の字が綺麗かどうかと言うより真田の字が壊滅的に汚い。男子で字が綺麗なのも珍しいけれど、真田はまた例外だ。 ハルは育ちの良さが滲み出ているお手本のような字を書くし、上杉は有り得ないほど達筆だ。それと比べれば俺の字なんて大したことない。 「はい、じゃあもう一回ここよく見て。正弦、つまりsinθは…」 「サインシータって何?シータどっからでてきたの?」 「…聡志、もう痛い思いしたく無かったらとりあえず黙って真面目に聞いて」 俺のときよりもハルは幾分かスパルタだった。けれどやはり教え方が上手いので、あの真田でも少しずつ数学を理解することが出来たようだ。 「あ〜疲れた…でもなんか、ちょっとわかってきた気がする」 「ちょっとじゃ困るんだけどね…まあでも、この調子で1週間頑張ったらそれなりにマシな点数取れるとは思うよ」 「ちょっと休憩しようぜ、俺もう頑張っただろ?」 「何言ってんだ真田、まだ英語と古典も残ってるんだぞ。お前に休む暇なんてねえからな」 真田は萎んだように小さくなって、机の上に顔を伏せる。 その後も真田が理解をするまで勉強を続け、なんとか3教科は教え切ることができた。 「…7時か、随分時間がかかってしまったな。しかし聡志にしてはよく出来た方だ。二人のおかげだな」 「俺もう一生分勉強した気がする…」 「明日もやるから、ちゃんと復習してこないとダメだからね」 か細い返事をし、真田は上杉と連れ立って帰っていく。またしんとして静寂を取り戻したリビングは、少し寂しさを漂わせていた。 「あの二人いなくなると静かだね」 「本当にな」 「今日の晩御飯なに?」 「鰤の照り焼き」 そう言ってキッチンの方へ向かえば、ハルも何も言わずに後に付いてくる。まだ料理ができるほどのレベルではないが、軽い手伝いくらいはもう手慣れてできるようになった。 「ねえ、旅行楽しみ?」 「行ったことないから分からねえけど…まあ、普通に」 「俺は凄く楽しみだよ。勇也と二人きりだしね」 確か行き先は河口湖と言っていた気がする。特に調べたりはしていないけれど、ハルはここ最近旅行のことを話しては浮かれいた。 「なんか調べたのか、周りに何があるとか」 「これといって何があるってほどでもないから、一日目は適当に湖の周辺あるこうかなって」 「そんなもんなのか、旅行って」 「何があるかわからない方が楽しそうじゃない?」 自分はどちらかと言うと全て予定を決めた方がいいような気がするのだが、そういった楽しみ方もあるものかと妙に納得した。 「あとなんか絶叫系の乗り物ある遊園地みたいなやつ、二日目はあれ行きたいな」 「絶叫系…?お前一人で乗れよ」 「勇也そういうのダメなの?」 「別にダメじゃねえし、乗ってやるよそれくらい」 絶叫系など見るだけでダメなのだが、つい強がってこんなことを口走ってしまった。でも乗ってみたら大丈夫かもしれないし、まだ分からない。あまり格好悪いところを見せたくなかった。 「ああ、でもなんかお化け屋敷みたいな…あれは少し気になってる」 「え、それ行く必要ある?」 「なんだお前、怖いのか?」 「そういうのじゃないけど!うん、まあ、別に…いいよ」 少しハルの顔色が悪くなったような気がするが、もしかして意外と怖いものは苦手なのかもしれない。それなら尚更ハルの反応を見てみたいと思った。 作った夕食を一緒に食べて、お互い自分のためのテスト勉強をしながら会話を交わす。 テストまでの1週間、この家のリビングは当分賑やかだ。俺もハルも、周りに誰かがいるその賑やかさが好きだった。

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