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第199話Trip④

ハルはもちろん周りにいた女達も皆きょとんとした顔をしている。一体何がダメなのか、そんなの俺が知りたい。 「ごめん、そういうことみたいだから写真一緒に撮ってあげられないや」 『え、それってどういう…』 「いや、ほんとごめんね〜旅行楽しんで!」 唖然とする女達をその場に残して、ハルは俺の手首を掴みずんずんと足早に前進していく。 「お、おい…どこ行くんだよ!」 再び湖が見えるところまで歩いてきたところで、ハルはようやく立ち止まった。周りにほかの人間の姿はなく、怖いくらいにしんとしている。 「なんで、あんなことしたの」 「悪かった…忘れろ」 「無理、あんなの可愛すぎて忘れられない」 「はぁ?」 呆れて突っ込むこともできずにいると、一応誰も周りにいないかを確認してからハルは俺の肢体を強く抱きしめた。 「嫉妬したの?」 「違ぇし、それはお前だろ」 「うん、それは認めるよ。俺は勇也に女の子なんかと写真撮って欲しく無かったから。勇也はどうなの?」 期待の眼差しが刺さるようで眉をひそめてしまう。確かにさっきは少しむかついたし、俺の代わりになってまで写真を撮ろうとしたことは気に食わなかった。だからと言ってそれを嫉妬と認めてしまいたくはない。 「ヘラヘラ女と写真撮ろうとしてるお前にむかついただけだ」 「別に俺ヘラヘラしてなかったでしょ」 「してた」 「…やっぱり嫉妬してるじゃん」 「違う!」 ハルを振り切って先の道へ進む。その後をハルがちゃんと追いかけてきてくれることがなんだか嬉しかった。 「待ってよ鬼ごっこしてるわけじゃないんだから。俺が勇也捕まえたら何かしてくれるの?」 「何もしねえ」 「してくれるんだったら頑張ろうかな〜」 「話聞けよ!」 ハルが走り出したので、自分も負けじと足を動かす。短距離は早い方だけれど、如何せん脚の長さが違うから勝てそうにもない。 相も変わらず周りに人はいない。トンネルに入って、そろそろ歩き始めた場所に近づいてきたところだ。途中からただ無心に走っていたが、後ろを振り返るとハルは何故か楽しそうにしていた。 「あはは、勇也本気で走ってるね」 「うるせ…追いかけてくんな!」 「だって勇也が逃げるんだもん」 全力疾走しすぎてそろそろ体力も限界だ。ハルは未だに余裕そうだし、なんなら力を抜いて走っているようにも見える。 前にもこんなことがあったような気がする。ハルと出会ったあの日。最悪な出会いの日だ。 俺の走るスピードが落ちてきたとき、トンネルを抜ける寸前で後ろからハルに捕えられた。 「捕まえた」 「お前、足速すぎんだよ…何も、しねえからな」 疲れ果てて途切れ途切れにしか喋ることが出来ない。冷たい風が少し気持ちいいくらいに感じる。走って火照った体は急速に冷まされていった。 「屋上のときのこと思い出すね」 「思い出させんな」 「本当にごめんね…あの時は」 「もういいって」 あの時からハルは変わった。それは俺が一番よく分かっている。誰かを愛することも、愛されることも知ることができたから。 「何もしなくていいからさ」 「は?何が…」 「何もしなくていいから、ずっと俺と一緒にいて。勇也がどこかに行ったら、俺すぐに捕まえに行くから」 痛いくらいに肩を掴まれる。ハルの赤い指先が力を込めすぎて肩にめり込むようだった。その手の上に自分の手を重ねて、ゆっくり解いていく。 「どこにも行かねえよ。一生かけて償えってお前に言っただろ」 「そうだったね。それってやっぱりプロポーズなの?」 「…さあな」 ハルは冗談めかしく言っていたが、俺の返答に驚いたのかその場で固まってしまう。ハルを置いて湖の畔を歩き始めた。 「え、待って、今のって」 「思ったより時間かかったな、もう4時になる」 何事も無かったかのように振舞ったけれど、実際自分のわざとらしい言葉が恥ずかしくて仕方が無かった。 「耳真っ赤だけど」 「うるせえ」 「後で恥ずかしくなるなら言わなきゃいいのに」 「お前に言われたくない」 小石を蹴っ飛ばすと、小さくぽちゃんと音をたてて湖に沈んでいく。広がった波紋も、やがて消えていった。 思ったよりも旅館までの距離は遠く、30分ほど歩き続けたところでようやく旅館近くの売店が見えてきた。 「夕飯どうするんだ」 「外で食べたかったから旅館には朝食しか申し込んでないんだよね。何が食べたい?」 「俺はなんでも…」 「じゃあラーメン食べたいな〜」 旅行先に来てまでわざわざラーメンを食べるのかと言いそうになってしまったが、ハルにしてみればラーメンも珍しい食べ物なのだろう。カップ麺を食べているのは一度見たことがあるけれど、俺が作ってやったことは一度もない。なんだか手抜きだと思われそうで嫌だったからだ。 旅館までの道程にあった中華料理店に入り、ハルは念願のラーメンを食べることが出来た。あまりにも美味しそうに食べるから、少し妬けてしまう。 旅館に戻る頃には、もう外は暗くなっていた。天気が悪いのと日が短いのでいつもより暗く感じる。 「先に布団敷いちゃって、それからお風呂行こうか」 「お、おう」 自分で布団を敷くのが新鮮で楽しいと言いながらハルがはしゃいでいる後ろで、俺は一人焦っていた。今日このあとハルと…そう思うとまた緊張してきて、どうしてもそわそわしてしまう。 大浴場で準備などする訳にもいかないし、一度部屋に戻ってから… 「勇也?準備できたよ、早く行こ」 「準備はまだ…!」 「浴衣と替えの下着あれば充分でしょ?それとも備え付けじゃなくていつも使ってるシャンプーが良かった?」 「あ、ああ…そうだな。シャンプーは別になんでもいい」 自分だけ変に焦っていて馬鹿みたいだ。必要なものを持って浴室の方へ向かうと、脱衣所には大学生のグループがひと組いるだけだった。 「温泉って初めて入ったなあ」 「ああ…」 「勇也、髪伸びてきたね。そろそろ切る?」 「ああ…」 「…聞いてる?」 正直、ハルの話している言葉は全く耳に入ってこなかった。ハルよりも前に部屋に帰ってしなければならないことがあるから、いつここを出ようかとタイミングを窺っていたのだ。 「のぼせたから先に出る」 「え、大丈夫?そんなに浸かってないのに…」 「大丈夫だからお前は暫く浸かってろ」 「俺がのぼせちゃうんだけど」 ひと足先に風呂を出て、浴衣の着方が分からないのでひとまず下着以外は先程着ていたものを身につけて部屋に戻った。

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