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第200話Parfum
部屋の備え付けの風呂で粗方準備をして、丁度出た頃にハルが部屋へ戻ってきた。
「あれ、またお風呂はいってたんだ。大丈夫なの?」
のぼせたと言ったから心配してくれたのか、自販機で買ってきたらしい冷たいスポーツドリンクのペットボトルを頬に当てられる。
「大丈夫…治った」
「ほんと?顔赤いけど…」
「大丈夫だっつの」
ハルからもらったピアスは風呂に入る前に外していたから、それを丁寧にしまってからどうにか浴衣を着ようと試みる。
「どうなってんだ、これ」
「貸して、着させてあげる」
今になってようやくじっくりハルの浴衣姿を見ることになったが、やはり無駄に似合っている。綺麗に着付けられた浴衣から見えるうなじや手首が、やけに艶やかだった。
「はい、できた」
「お前こういうのも出来るんだな」
「和装することもあったからね」
なんの機会があって和装したのかは知らないが、本当に何に関しても教養が身に付いていて感心する。それなら足癖ももう少しどうにかなるといいのだが。
「ね、明日は遊園地行こう」
「雨降るんじゃなかったのか」
「午後に止むらしいよ。でも室内アトラクションは雨でもできるし、早めに出ようか。旅館からバスも出てるらしいから頼んでおいた」
明日は早いとなると、このあとどうするのだろうか。今すぐ始めると言われてもまだ心の準備が出来ていない。
「走ったから疲れちゃったね。俺ちゃんと敷布団で寝られるかな〜体痛くなりそう」
敷かれた二組の布団の真ん中辺りにハルが寝転ぶ。今にも寝そうなような気がするが、気のせいだろうか。
「あ、電気消していいよ」
「今日は消すのか」
「え?いつも消してるでしょ」
電気を消し、手招きされるままに布団に入りハルの胸に抱かれる。うるさい鼓動を鎮めるように、ぎゅっと自分の襟元を掴んだ。
「じゃあおやすみ、明日起きてなかったら起こしてね」
「は…?」
ハルはどう考えても寝ようとしている。暗いからよくわからないけれど、もう目を閉じているようだ。
そこで俺は自分が盛大に勘違いしていたということに気づいてしまい、それこそ顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
勝手に思い込んで期待して、抱かれる気でいた。ハルはそんなこと全くなく、純粋に旅行を楽しみに来ていたということだ。
寝てしまったであろうハルの胸を軽く拳で叩いて、大きなため息を漏らした。
「なんだよ…人がどれだけ前から緊張して…夜も眠れなくて…準備までしたのに…なんで先に寝るんだよふざけんな」
小さく文句を垂れると、ハルの体がもぞりと動いたような気がした。
「…ゆ、勇也?俺、まだ起きてるんだけど」
「あ…や、今のは」
恥ずかしさはもう言い表せないほどになっていて、自分の顔が今度こそのぼせそうなくらい熱くなった。
逃げるように身体を起こすと、つられてハルも体を起こして俺の方をじっと見つめる。
「ねえ、今の…もしかして勇也」
「うるせえ、笑いたければ笑えばいいだろ!」
「そんなんじゃないって!その…何か言いたいことがあるなら聞くから」
何も言えず、ただ唇を噛み締めて羞恥心と戦う。何か糸がプツリと切れたように、力無くハルの胸に頭を預けた。
「何も…しねぇの?」
弱々しく吐いたその言葉は、静かなこの部屋の畳に吸われて消えていく。変わらず熱い顔を、変わらず冷たい手が優しく包み込んだ。
「…なにか焦ってるわけじゃない?」
「焦ってない…ただ、俺が期待してただけで」
半分やけくそになって話すと、自分もようやく己の本心が分かった。リハビリをしてきたからどうとか、旅行に来たからとか、ハルもきっとそのつもりだからとか、そんなのは関係なかったんだ。
ハルにちゃんと愛されたい。恐怖を拭い切ることができなかったとしても、それでもハルの体温をこの体で感じたいと思った。
「本音を言えば俺だって今すぐに勇也を抱きたいけど、心の準備がね」
「そういうつもりで旅行来たんじゃないのかよ
…だからリハビリだって」
「あれからまだそんなに経ってないし、勇也の体を気遣おうと思ってたんだけど」
「気遣いなんてできたんだな…お前」
不貞腐れたようにそう言ってそっぽを向くと、またハルの胸元へ抱き寄せられた。いつもとは違う匂いがするのは浴衣のせいか、備え付けてあったボディソープの香りがするからなのか。
しかしどこかで嗅いだことのあるような香り。そうだ、昼に俺がハルのイメージに合うと言ったあの香水だ。
「なんで…香水つけて」
「もう気づいたんだ。やっぱり鼻いいね」
微かな甘さの中に刺激のある香り。ハルの香りに包み込まれて、緊張を取り戻したかのように心臓はまた脈動を速めていく。
「俺はこれから勇也のことを抱くよ。本当にいい?」
「いちいち言わなくていい」
目を閉じれば、唇が重なるのが分かる。まだ内在している恐怖と、これからハルと繋がるのだという緊張感が入り交じって訳が分からなくなりそうだ。
静かに響く水音が余計に羞恥心を煽る。舌が痺れたみたいに気持ちが良くて、それをまた吸われて唾液を交わらせていく。
ハルの息が荒いのが良く分かる。いつもよりずっとしつこいキスが、気分をおかしくした。
「んっ…」
浴衣の袖口からハルの手が滑り込んでくる。余裕無さげにその手が腕を這って、襟元が崩され浴衣がはだけていった。
浴衣がほぼ脱げて帯だけが結ばれた状態で残り、太腿までが露わになって裸でいるよりよっぽど恥ずかしい。
「ゆ、かた…汚れるから…」
「着たまましたい…ダメ?」
熱を持ったその目で見られると、だめだと言うことはできなかった。
いつの間にか布団へ倒されていた体は、ハルの手が優しく触れるその都度ビクリと震えて反応を示す。
「あっ…ん」
啄むように体にキスを落としていく中で、胸に唇が触れて甘噛みされる。この前のリハビリのせいもあってかやけに感じてしまって、まるで自分の体じゃないみたいだった。
「前より感じやすくなった?」
「う、るさ…あっ」
赤く腫れたそこは自分の意志とは関係無しに主張していて、ハルの指に弾かれ、舌で舐られる度に甘美な声が漏れそうになって下唇をぎゅっと噛み締めた。
「んっ…ん、あっ…」
「声、我慢しなくていいのに」
「隣に…聞こえ」
隣の部屋からは微かに数人の声が聞こえてくる。恐らく大学生のグループなのだろうけれど、酒盛りでもしているのか随分盛り上がっているようだった。
「大丈夫だよ、隣も騒いでるからこっちの事なんて気にしてないって」
「そんな…あっやめ…」
「嫌なの?」
下着の上から優しく扱かれるのがもどかしくてその手を掴んでしまう。わざと焦らしているのかもしれないけれど、嫌なはずないのにわざわざそうやって聞いてくるのは意地が悪い。
「いや、じゃ…な…あっ、だめ…だって、そこ」
「ダメじゃないでしょ。もうこんなになってるのに」
浴衣を押し上げるように自分のものが隆起しているのが自分でもよく分かる。これ以上恥ずかしいことなんてないと思ったのはこれで何度目だろうか。
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