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第202話Parfum③
言われた通りにハルのことをしっかりと見据える。今から自分のことを抱くのはこの憎くも愛して止まない相手だ。
何度もこうやって確認しないと自分の恋人でさえ分からなくなる。自分が嫌いだ。このままではいつになったってハルに抱いてもらうことなんてできない。開いた目からもまた涙を零してしまう。
「勇也、好きだよ」
「ごめ…ごめん、でも…俺、お前に」
「大丈夫、大丈夫だよ。何があっても勇也を手放したりはしないから」
髪の毛を優しく梳いて、額にキスをされる。ハルが好きだ。暖かくて、優しくて…ハルと一緒になりたい。こんな考えは女々しいのかもしれないけれど、くだらない自尊心を捨ててもいいくらいにハルが好きだった。
「も…大丈夫、だから」
「うん、分かった」
ハルのものが宛てがわれて、目を瞑らないようにハルの顔を見つめる。中に入ってくるのと同時に、その顔がこちらに近づいてきて唇同士が触れた。
「あっ…あ…ん」
「痛くない?」
「ん…だいじょ、ぶ…」
恐怖とは別に、自分でも訳が分からないけれど涙が未だに止まらない。
大丈夫、ハルがいる。それを実感出来ただけで幸せだった。ただ快楽を求めて欲求を満たすためだけの行為じゃない。今自分の一番近くに、ハルがいる。
「動くよ、息止めないでね」
「あぁっ!あ…いきなり、そこ…」
「ここ、いいの?」
「ーーっ!!」
大きく体を跳ねさせて、声も出ないほどの快感が押し寄せる。シーツを掴んでいた手が離れて、俺を抱き寄せるように覆いかぶさっていたハルの背中に爪を立てた。
「痛い?」
「んっ…んん、う…あっ!」
必死に首を横に振りながら乱れると、繋がったままぎゅっと抱きしめられてハルは体を起こした。それによって奥までハルのものが入り込んできて、無意識にハルの髪の毛を掴んでしまう。
「だめ、あっ、だめ…おく、当たって」
「奥、気持ちいい…?」
「ひっ…う、だめ…あっ、んんっ!」
その体勢のまま下から突き上げられて、ギリギリまで追い込まれていた体はすぐに絶頂を迎えてしまいそうだった。
「勇也…ゆうや」
何故か泣きそうな声でそう言いながら耳や髪の毛にキスを落としてくる。そんなハルが愛おしくて、好きという言葉で頭が埋め尽くされた。
好き 好きだ ハル
「あっ…すき…すき、はる…」
自分がそれを声に出して言っていたと気づいたのは数秒が経ってからで、口を噤んだ頃にはまた背中と布団がくっついていた。
「いっ…あ、そんな、はげし…」
「今のは…勇也が悪い」
「なん、で…あっ!だめ、も、いっちゃ…待っ」
上半身が大きく反れて中はハルのものをぎゅうぎゅうと締め付ける。ここまでの快感を得るのは本当に久しぶりで、文字通り頭の中は真っ白になった。それなのに、ハルの動きはまだ止まらずに前立腺の辺りを攻めながら突き続けてくる。
「や…も、いってる…から!動かな…」
「ごめん、俺もイかせて」
「あぁっん、あ、だめ、またいっちゃ…やだ、あぁっ!」
呆気なく二度目の絶頂を迎えてしまい、余韻で体はビクビクと痙攣する。開いてしまった口から垂れた唾液を拭う気にすらなれなかった。
代わりに口元をハルが舌で舐めて唾液が掬い取られる。ずるりとハルのものが抜けたが、今日はコンドームをつけていたから中から精液が溢れ出すことは無かった。
「ごめ…いきなり好きとか言うから、抑えられなくて」
「優しく、するって…」
ハルを睨みつけようとしたのもつかの間、今度は後ろから抱きしめられて首筋にキスマークをいくつもつけられる。
「いっ…」
「ごめんね、痛い?」
ハルの息はまだ荒いままで、俺の名前を何度も囁きながらキスを繰り返す。
「お前…泣いてんの?」
気の所為かもしれないけれど、ハルの目からなにかが滴り落ちたきがする。ハルの顔に手を伸ばしてそれを拭うと、その上からハルの手が重ねられた。
「勇也、ずっと辛かったでしょ」
「なんで…お前が泣くんだよ」
「優しくできなくてごめん」
「…泣くなって」
ハルは俺の代わりみたいに静かに泣いた。ハルが他人のために涙を流すことがあるなんて思ってもみなかった。
「…案外お前女々しいのな、だっせえ」
「勇也にだけは言われたくないんだけど」
「あ?どういう意味だ」
抱きしめられる力が更に強くなると、それ以上言葉が出なくなる。
「勇也…好きだよ」
「何回も聞いた」
「何度だって言わせてよ。こんなに好きって言っても足りない」
一度好きと言ってくれるだけでも俺は充分なのに、ハルは確認するように何度も好きと言う。
それに対して毎回安心している自分がいるのも否めはしない。
「ずっと側に居て。俺、勇也がいないとダメなんだ」
ああ、そうか。ハルには俺がいてやらないと駄目なんだ。ハルがしてくれるみたいにハルの頭を撫でて、その胸に収まった。
「もうどこにも行かねえって」
そう言いきれるはずなのに、心の内ではそれに違和感を覚えてしまう。俺達には何があるか分からない。それを乗り越えてまで、本当に二人一緒でいられるのだろうか。
「永遠なんてあるか分からないけど、俺はできる限りずっと」
「分からないなんて言うなよ。お前が言い切ってくれないと…不安に、なる…」
不安だなんて言ってしまうのも女々しいことこの上ない。こんな所で弱気になりたくはないけれど、実際今まで困難なことばかりが起きてしまったのだから不安になるのは当然のことだ。
「じゃあ永遠に、死んでも一緒にいる?」
「…それは、なんか重いな」
「我儘だなぁ」
「お前に言われたくない」
前までハルはただの我儘だったけれど、最近は上手に甘えることを覚えたらしい。俺がハルに甘えられるとどうしても断れなくなってしまうのは、やはり好きだからなのだろうか。
「なんかもう、無条件に可愛いよね」
「うるせえ可愛いって言うな」
自分が可愛いと言われるのは納得する理由があったとしてもまだ慣れないし変な感じがする。しかし、俺自身もハルのことを愛おしいだとか可愛いだとか思うことはあるから、恋人なら無条件にという部分は頷ける。
はだけた浴衣を直すわけでもなく少し掴んで、言おうかどうか迷いながらも声だけを発する。
「そ、の…」
「その?」
「も…もう一回、するのか?」
ただそう聞いただけなのに、一息置くこともなく布団の上に組み敷かれてしまった。
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