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第207話A year

三日目の朝、昼にはもうバスに乗って新宿へ戻る予定だったから、午前中は土産屋を歩いて回った。外は雪が吹き荒れていて、10センチ以上地面に雪が積もっている。 「ねえ、見てこれ。声を録音してこのぬいぐるみが喋ってくれるんだって」 「いらねえから買うなよ。そもそも河口湖感ゼロだろうが」 ハルがぬいぐるみに向かって俺の名前を呼びかけると、ぬいぐみはそれを真似して俺の名前を呼ぶ。 「おい、遊ぶなバカ」 「いいじゃんちょっとくらい」 その場から引き摺って離れさせ、いつの間にかハルが買っていたソフトクリームを食べながら駅へ戻った。上杉家や真田家、そしてハルの父に宛てた土産は全てハルが手に持っている。こっちに来た時はそう感じなかったのだが、豪雪のせいか駅までの道程がやけに長く感じた。 「寒くない?」 「ん」 「ごめんね、手塞がってて繋げない」 「別にいい」 ハルがくれたマフラーにまた顔を埋めるようにすると、微かにあの香水の匂いがする気がした。 バスに乗りこんでからはお互いどっと疲れが出て、新宿に着くまでの間はぐっすり眠っていた。 近所のスーパーで食材を買ってから家に帰り、旅の思い出をハルが一方的に語りながら夕食をとった。 冬休み中は怠惰もいいところで、旅行以外で特に外出することもなく年を越してしまった。 明けましておめでとうと言うわけにもいかなかったから、今年もよろしくとだけ言って意味もなく笑う。こんな風に大切な誰かとちゃんと年を越すのは初めてだったかもしれない。 新学期は始まったが、受験シーズンになると三年生はほぼ学校に来なくなっていた。俺達は特に変わりなく日常を過ごしていく。 変わったことといえば、真田がテストで赤点を取らなくなったことくらいだ。来年度からは真田と上杉が文系へ、俺とハルは理系へ進むことになっていた。 そして今日は三月の卒業式。式が終わったあと、文化祭で劇に携わっていたメンバーは皆体育館に集まった。 「久しぶりね、双木くんも小笠原くんも」 「会長、国立受かったんですよね。おめでとうございます」 「もう私は会長じゃないよ。懐かしいな、なんか」 元生徒会長、もとい北条先輩は部活を引退してから髪の毛を伸ばしていたようで、印象的なショートヘアが今では肩より少し長いミディアムヘアになっていた。 「てっきり小笠原くんも生徒会立候補すると思ってたんだけどね。中学の時はやってたんでしょ?」 「生徒会の仕事してたら勇也と触れ合う時間が減るので嫌です」 「やだ、惚気ないでよ」 北条先輩がわざとらしく顔を顰めると、その後ろに一人の男子生徒が立って先輩に話しかける。先輩が頷くと、その人は校門に向かって歩いていった。どうやら彼は副会長だった人のようで、そういえば彼もまた北条先輩と同じ国立大学へ進学すると聞いた気がする。 「…先輩、副会長と仲良くなったんすか」 「え?元々仲良かったけど…どうして双木くんはそう思ったの?」 「いや、前までは副会長が敬語で話してたんで」 副会長も会長である北条先輩と同い年なのに敬語で喋るのは珍しいと文化祭の時から思っていたが、先程の彼はその時とは変わって敬語を使っていなかった。 「あはは…鋭いね。実は私達、付き合ってるの」 照れくさそうにそう答える先輩の言葉に、俺とハルは顔を見合わせて驚いた。 「文化祭の後、彼から告白されたんだ。ああでもね、勿論あの時私はまだ双木くんのことが好きだったし…ていうかそれも彼は知ってたみたいなんだけど」 副会長が先輩の気持ちに気づいていたというのも不思議だが、いつも側にいたからそういうことも分かってしまうのだろう。それを知った上で想いを告げたということは、あの時の先輩と同じだ。 「彼の気持ちには、きちんと答えてあげないとって思って…その時は断ったんだけど、彼はずっと待っててくれたの」 「それじゃあ、付き合い始めたのは最近なんですか?」 ハルが茶化すようにそう聞くと、先輩は恥ずかしそうに微笑んで頷いた。 こんな事を思ってしまうのは良くないのかもしれないが、自分があの時無下にしてしまったと思っていた先輩の気持ちが救われたような気がして、内心安堵した。 「二人とも、これからも仲良くね。何かあったら私にも知らせてほしい。来年の文化祭、彼と一緒に見に行くから」 そう言って先輩が校門まで歩いていくと、待っていた男子生徒が手を差し出して、二人手を繋いで歩いて行った。 「副会長は会長のこと好きなんだろうなとは思ってたけど、まさか付き合うとはね」 手を繋いで歩く二人をじっと眺めていると、ハルにどうしたのと聞かれてしまう。その返事は濁したが、自分があの二人を羨望の眼差しで見つめてしまっていたことを恥じた。 「幸せそうだな、二人とも」 「俺達は幸せじゃないって?」 「そういことじゃねえよ…ただ」 ああやって堂々と手を繋いで、みんなからその関係を祝福されることはきっと俺達にはない。万人に認められる必要なんて無いと分かっていても、それを羨ましいと思ってしまう。 「勇也?」 「やっぱりなんでもない、帰るぞ」 交差点を渡って、いつも通りの帰り道でそっと手を繋ぐ。希に近所の人間とすれ違うこともあるが、その時の好奇の目には少しばかり慣れていた。 「期末終わったらもう春休みか、二年生になったら同じクラスになれるといいね」 「お前と同じクラスだと面倒臭そうだから嫌だ」 「なんでそんな事言うの」 同じクラスになったら、ハルと一緒にいられるのはもちろん嬉しい。けれどその分ハルに女達が群がるのも目の当たりにしなければならない。 「…同じクラスになったら俺の前でも猫かぶんの、お前」 「どうだろうね。基本的にはいい子にしてるつもりだけど」 適当に相槌を打って、昼食の準備を始めた。何も言わず隣に立って準備を手伝うハル。 変に悩んだりしては駄目だ。俺たちは確かに幸せに向かって歩んでいるのだから、これは杞憂のはずだ。 もう、春がそこまでやってきている。 【第三章 Years -完-】 第四章へ続く

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