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第208話Come Spring

4月。俺達は無事二年生へと進級した。進学校だから余程のことがない限り留年することは無いけれど、一年生三学期の真田の成績は最初の頃と比べると随分良くなっていた。 「双木、何組だった?」 「F組。お前は?」 「俺は今年もBだった。やっぱり文系と理系じゃ教室も離れちゃうな」 前年度の委員会の引き継ぎで呼び出されていたハルと上杉はここにいなかったけれど、昇降口の掲示板に張り出されたクラス名簿を確認して俺とハルは同じF組だということが分かっていた。 「遥人は?」 「同じクラスだった」 「良かったな!俺も一応謙ちゃ…謙太と同じクラスだったんだ」 何が良かったななのか分からないが、確かに知らない人間ばかりのクラスに放り込まれてまた孤立するよりは良いのかもしれない。 「おはよ、勇也。一緒に行けなくてごめんね」 後ろから頭の上に顎を乗せられて、それがハルだと分かった瞬間にその顎を頭突く。 「痛いよ…舌噛んだ」 「自業自得だろ」 「どう、俺達ちゃんと同じクラスになってた?」 「ああ、まあ…」 ちゃんと同じクラスになっていたかという言葉に少し違和感を覚えるが、そのハルの嬉しそうな顔を見ると自分までつられて表情筋が緩んでしまいそうだった。 「謙太くんも聡志と同じクラスなんだ、良かったじゃん」 「ああ、そ、そうだな」 「別に俺は嬉しくないけどね」 「聡志のそれはなんの強がりなの?」 それぞれ分かれて、自分達のクラスへ向かう。教室に入ると案の定ハルの周りには数名の女子生徒が群がった。 とはいっても理系のクラスは女子が少ないし大人しそうなタイプが多いから、今群がっている数人以外は特に警戒する必要も無さそうだ。 『遥人、1年よろしくね〜』 「ああ、うんよろしく」 『双木くんと仲いいってほんとだったんだ、双木くんもよろしくね』 いきなり自分に声をかけられて思わずハルの背後に隠れてしまう。そんな俺の様子を見た女子生徒は甲高い声で笑った。 『え〜やだ双木くんなんか可愛い』 「ごめんね、勇也女子苦手だから」 ハルはさり気なく俺を自席に着くよう促して、自身は女子達の相手に回った。その優しさが嬉しいはずなのに胸は痛むばかりで、とても見ていられない。 女子の中には俺に興味を持つ者もいれば、邪魔者のように思う者もいるようだった。皆ハルに取り入ろうと必死なのだろう。 ハルに擦り寄るその女達に嫌悪を覚える。やめろ、ハルに触るな。 「ごめんね、今俺付き合ってる人がいるから君達とは遊べない」 その言葉は周りを酷く驚かせたようで、教室内は一瞬凍りついたかのように静かになる。 かと思うとすぐにハルは質問攻めにされ、新しい担任が到着するまで暫く教室内は騒がしかった。 「勇也、今日はこのままでかけるよ」 「あ?どこ行くんだよ」 「美容院、俺もそろそろ髪切りたいし勇也の髪も染め直すから」 「は?そんなの聞いてねえぞ」 午前中に始業式が終わって外に出てみると、校門には虎次郎の下っ端のものと思われる車が止まっていた。 ハルはいつも強引で突飛なことばかりする。けれどそれに振り回される権利が自分にだけあるのだと思うと、少し誇らしくもあった。 美容院はやけに洒落ていて敷居が高くて、始終落ち着かなかった。2時間ほどしてカットとカラーが終わり、髪の長さは去年の夏頃くらいまでに戻った。大分色落ちしていたプリン頭も、やけに艶のいい金髪になっている。 トリートメントもしたからブリーチしても傷みが少ないだとかなんだとか説明を受けたけれど、小綺麗になった自分の姿にはやはり少し違和感を覚えてしまう。 「終わった?いいじゃん、また綺麗になったね」 恥ずかしげも無くそんな褒め方をするハルに不本意だがまた赤面する。ハルも髪を切ったようで、美容師がセットしたのかいつもと違う髪型だったから少し新鮮だった。 心まで新鮮になった気持ちで家に帰る。去年とはまた違う自分、一番の違いはハルがいることだった。 「上杉さんのとこ、やっぱりまだゴタゴタしてるみたいだね」 「今日そんな話してたか?」 「ちょっと聞こえただけだけど…心配だな。父さんにもよく分かってないみたいだし」 そんな話をしながらふとカレンダーを見た。入学式が終わったら4月10日にハルの誕生日が来る。恋人の誕生日は普通何をするべきなのだろう。真田には付き合っていることは言っていないし、上杉に言ったところで的を得た答えが返ってくるとは申し訳ないが思わない。 そこで丁度頭に浮かんだのは北条先輩だった。あの人なら俺たちの事情も知っているし、丁度恋人がいるから参考になる気がする。 こっそり先輩にメッセージを送って返信を待った。大学生活が始まったばかりで忙しいからそんなすぐには返ってこないかもしれない。 自分なりにも何をするか考えて、スマートフォンを自室へ置いた。 春は自分の一番好きな季節だ。暖かくて心地いい。また春は出会いの季節ともよく言う。 俺とハルが出会ったのは夏だったけれど、また違った出会いも今年はあるのだろうか。 8日の入学式、その新たな出会いというものが、俺の人生をまた掻き乱していくことになる。 ___________________ フォロワーさんがイラストを書いてくださいましたm(_ _)mありがとうございます!

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