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第209話Come Spring②
「勇也、風紀委員結構仕事あるけど良かったの?」
「別に、他にやりたいのもねえし」
「俺と一緒がよかったんだね」
「言ってねぇよ」
俺とハルは風紀委員に立候補して、ハルはまた副委員長をしている。ハルと同じ委員会になろうとする女子は勿論いたが、俺が手を挙げたからか誰も立候補しなかったのですんなり決まった。
今まさに風紀委員の仕事で、入学式の後片付けを手伝っている。
式で使われた長机をハルと二人で運んでいると、帰り途中らしい新入生達はこちらを見てなにやら騒いでいるようだった。
『あの先輩かっこよくない?』
そんな声が聞こえてくる。先輩という言葉にまだ馴染みは無いけれど、確かにハルのような上級生を見たら気持ちが高揚するのも無理はない。
それと同時に自分が一年生から怖がられているのも伝わってくる。もちろん今年もこの学校に俺のような不良生徒はいないらしかった。
「怖がられてるね。でも勇也の良さを知ってるのは俺だけで充分だし、もっとガン飛ばしたりできないの?」
「するかアホ」
これ以上怖がられてどうする。ため息をついて渡り廊下の角を曲がろうとすると、丁度向かいから曲がってきた人影にぶつかってしまう。机を運んで後ろ向きになっていたから、今のは自分の不注意だった。しかもぶつかってしまったのは見たところ一年生の男子生徒のようだ。
「悪い…大丈夫か?一年生だよな」
一年生だと分かったのは、ぶつかった時その生徒の手に握られていたのが新品の生徒手帳だったからだ。どうやら校内地図を見ながら歩いていたようで、その生徒手帳も床に落ちてしまっている。
すぐに運んでいた机を床に置いた。
「す、すみません…!僕が余所見してたので!」
「いや、今のは俺の不注意だった。そんな怖がらなくていい、一年生か?」
「は、はい…」
手を差し伸べて立ち上がらせると、その一年生は自分よりも幾分か背が高くてショックを受ける。ハルほどでは無いけれど、170以上は確実にあるだろう。
目が隠れるほど前髪が長く、耳も髪で隠れている。鬱陶しそうなその髪と学ランの前を上まで閉じた真面目そうな着こなしが印象的だった。
「えっと、朝比奈…泰生くん?これ落としたよ」
そう言ってハルが生徒手帳を手渡す。アサヒナ タイキと呼ばれた一年生は不思議そうにそれを受け取った。
「あの…どうして、僕の名前」
「生徒手帳に書いてあったから。住所も目に入っちゃったんだけど、もしかして五中だった?」
「は、はいそうです…えっと、小笠原遥人さんですよね?生徒会長やってた…」
やはり五中の生徒なら誰でもハルを知っているようだ。ただ、あの時のハルは赤髪でピアスも空いていたし、今よりずっと柄が悪かったはずだが。
「そうだよ、中学の時の俺は恥ずかしいから忘れてね。今風紀委員やってるから、分からないことがあったら俺に聞いてくれて構わないから」
見事な優等生っぷりを発揮し、とびきりの作り笑顔を見せている。俺はそれを冷ややかな目で見ながら、もう一度運び途中の長机に手をかけた。
「は、はい!ありがとうございます…僕、去年の文化祭でロミオとジュリエット見ました。それでこの学校に決めたんです」
「へえ〜そうなんだ、嬉しいな」
あれを見られたと思うと俺はあまりいい気はしない。劇自体の成功は嬉しかったけれど、ジュリエットをやったことに関しては何度思い出しても恥ずかしくなる。
「そちらの方は、双木勇也さんですよね?二中の狂犬の…」
「その呼び方はやめてくれ」
「やっぱりこの地域だと有名人なんだね、勇也は」
舌打ちをしてからハルに机を持つよう顎で指図し、二人で持ち上げる。
「そういえば、朝比奈くんはどっか行こうとしてたの?地図見てたみたいだけど」
「あ、えっと…一階のどこかで落し物しちゃって。多分落としたとしたら美術室あたりだと思うんですけど」
「それなら俺たちがこれから行くところと近いし、着いてきていいよ」
朝比奈は大げさにお辞儀して礼を言いながら、特に意味は無いが机に手を添えて一階まで同行した。
一階の会議室の前に机を片付け、すぐ近くの美術室の前までハルが案内する。
「ここだよ。どう、落し物あった?」
「えっと…」
「何落としたんだ。俺らも探すけど」
「あ、い、いえ大丈夫です!」
床を見渡した朝比奈は、落ちていた小さなものをパッと手に取るとすぐに俺達の方に向き直った。
「見つかりました…先輩方、ありがとうございます」
「いいよいいよ、また何かあったら言って」
「はい、本当にありがとうございました!失礼します!」
へこへことお辞儀をしながら背中を丸めて去っていく。そんな朝比奈に手を振るハルの方を訝しげに見つめた。
「お前って普段からそんな良い奴なのか?気持ち悪…」
「勇也の前でも良い奴でしょ?」
「どうだか」
ハルは特に何も言っていないから気づかなかったのかもしれないが、俺にとって朝比奈の落し物というのは随分意外なものだった。
俺の見間違いでなければ、恐らくあれはピアスだ。うちの学校はそもそもピアス禁止だし、朝比奈がピアスをつけるような生徒にも見えない。
もしかしたら本人の物ではないのかもしれないし、深く考える必要も無いような気がしてきた。
「もう仕事終わったし、帰る?」
「…帰る」
また交差点を渡ってから手を繋いで帰ると、スマートフォンにメッセージが来ていたことに気づいた。
『返信遅くなってごめんね。色々考えてリストにまとめておいたから、暇な時に見て!』
送り主は北条先輩で、この前の俺のメッセージに対する返信が今来たようだ。ハルに気づかれないよう、そのリストのリンクをタップしてまじまじと眺めた。
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