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第210話Happy Birthday
先輩はリストを大分細かく作ってくれていたようで、頼んでおきながら少し申し訳ない気持ちにもなった。自室でそのリストをもう一度確認してみる。
「好きな料理を作ってあげる…か」
無難な意見だ。いつも作ってはいるが、ハルが特に好きな食べ物と言ったらきっとあれだ。それに甘いものが好きだから、クリスマスには食べられなかったケーキを作るのもいいかもしれない。
「あと…好みの格好をする…?」
ハルの好きな格好と言われても、いつもハルが選んだ服しか着ていないから困る。それにきっと10日は日曜でずっと家にいるだろうから、適当なTシャツさえ着なければなんとかなるだろう。
その時、ふとハルが俺に買ってきたパジャマを思い出す。少し柔らかい素材のもので、パーカーのような型のトップスと膝丈くらいのボトムスのセットだった気がする。
あれは恐らくハルの好みなのだろうが、まだ一度も袖を通していなかった。けれどあんなの自分は着る柄ではないし、普段パジャマなんて着ないから恥ずかしい。
どうせ寝る時だけだから、気が向いたら着るでいいかもしれない。
「一番大事なのは…言葉」
きっと俺に一番足りないものがこれだ。いつもどんなに心の中で想いを零しても、本人に伝わっていることは殆ど無い。
「ん?なんだこれ」
リストの端に、小さい文字でひと文付け足されている。そこには『個人的に知りたいんだけど、小笠原くんのどんなところが好きなの?』と書かれていた。
改めて第三者からそう言われると恥ずかしくなって枕に顔を埋めて無意味に足をばたつかせる。
ハルの好きなところ…自分でも考えたことがなかった。顔はきっと誰が見ても良いと思うだろうし、俺も好きかと言われたら好きだ。性格は一旦置いておこう。
俺の前では優等生の皮を剥いで少しだらしなくなるところ。自分にだけ隙を見せてくれる辺りは好きと言っても差し障りないかもしれない。あとは子ども基質で可愛らしいところだろうか。
先輩への返信の欄にそう書いてみたものの、恥ずかしくてこんなの他人に言えるわけがなくて消した。無難に優しいところとでも書いておこう。優しいというか過保護に近いのだが。
お礼のメッセージを最後に送ってスマートフォンをベッドサイドに置くと、気持ち悪いくらいタイミング良く部屋にノックの音が響いた。
「勇也、入るよ」
「入ってから言うな」
「なにやってんの?」
ベッドにうつ伏せに寝転んでいた俺の上にのしかかってきて、至近距離にハルの綺麗な顔が来た。それを目に入れないようにまた枕の上に顔を伏せる。
「お前こそ何しに来た」
「勇也が側にいないと寂しいから構ってもらおうと思って」
悔しいけれどハルの甘えるようなその言動に胸がきゅっと苦しくなって、思わず抱きしめたくなってしまった。
「それで何かしてた?」
「別に何も」
「そう…あ、明後日からまた佳代子さん来るけど、ちょっと遅くなるって」
それなら自分が一番に祝うことが出来るななんて思いながら、仰向けになってハルの首に腕を回した。
「勇也…」
返事をする代わりに目を閉じると、短いリップ音が響く。ハルがこうやって見つめながら名前を呼ぶ時は、決まってキスをするのだった。
もう一度キスをすると、ハルの手が服の裾から入り込んでくる。
「んっ…今から、すんのかよ」
「嫌だった?」
「嫌じゃ、ねえけど…」
そんな雰囲気の中、空気を壊すようにスマートフォンの着信音が鳴る。どうやら電話のようで、しばらく待っても止む兆しを見せない。
仕方ないからスマートフォンを手に取って見ると、着信は真田からのようだった。
「悪い、電話出る」
「聡志のくせに…」
電話の内容は提出物に関してだった。そもそも今はクラスが違うのだから聞かれても分からないのだが、真田はそれすら頭に無かったらしい。
「なんだって?」
「提出物教えてくれって」
「はぁ?クラス違うじゃん」
「あいつアホなの変わってねえな」
ハルは不貞腐れて俺の胸に顔を埋めた。それに僅かな刺激を受け取ってしまい、思わず身じろぐ。
「んっ…」
「なに、俺なんかした?何もしてないよね?」
「…重いから退け」
自分の体が感じやすくなってしまったことが恥ずかしくて口元を手で押さえる。ハルは首をかしげたまま、俺の上に馬乗りになっていた。
「あ、もしかしてここ?」
指先で胸の先をつつかれて、上半身がビクッと震える。それに味を占めたのか親指と人差し指でぎゅっと抓られた。少し痛いくらいのはずなのに、ハルに慣らされた体は勝手に熱を帯びて甘い刺激を受け取ってしまう。
「やめ、ろ…馬鹿」
「服の上からでも固くなってるの分かるね。感じるの?」
「んっ…や…めろって」
ハルの手を振り払い、掛け布団にくるまって顔だけを出し睨みつける。自分の体の変化は、最近顕著に分かるようになってきた。まるでハルに作り変えられているみたいだ。
「ごめんごめん、怒んないで」
「もうお前に飯作らない」
「そんなこと言って本当は作ってくれるくせに」
「…今日は何食いたいんだよ」
そこでふと気づいたが、なんだかんだ毎日ハルの食べたいものを作ってやっている。誕生日にあれを作るよりも、やはり特別な料理を振舞った方がいいのだろうか。しかし自分は洒落た料理を作ることなんてできないし、きっとハルは何を出しても美味しそうに食べてくれる。
寧ろ、いつも通りでいいのかもしれない。そんなことを思いながら一人で微笑んでしまい、ハルはまた不思議そうに首をかしげていた。
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