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第213話Identity
休みが明けて学校へ行くと、ハルの机の上はプレゼントやお菓子で埋め尽くされていた。新年度が始まってからすぐの誕生日で、しかも今日当日で無いにも関わらず何人もの生徒がハルの誕生日を祝っている。
「お前これ全部持って帰んの?」
「どうやって持っていこうね」
「紙袋持ってるから使え」
ハルは手渡した紙袋の中に次々とその貢物のようなプレゼントをしまっていく。
また、別のクラスからもハルを呼び出す生徒が何人かいて、改めてハルの人気ぶりを確認することになった。
昼休みが始まった頃、俺とハルのことを一年生が呼んでいるらしいと聞いて廊下へ出ていく。ハルだけでなく俺まで呼ばれたのは何故だろうか。
「あ、先輩達…先日はありがとうございました!」
廊下で俺達を待っていたのは朝比奈だった。何のために待っていたのかよく分からないが、この時間の廊下は二年生の生徒が溢れかえっているから朝比奈の存在はよく目立つ。
「今の時間だと人多いし、何か話があるなら場所移動する?」
ハルがそう提案すると、朝比奈は焦ったように大きく頷いて別棟の教室に歩いていくハルについていった。
「あの、まずはこの前のお礼と言ってはなんですが…」
そう言って差し出されたのは購買に売っているクリームパン。俺は食べたことは無いけれど、真田曰くうちの購買のクリームパンは月曜日に10個しか販売しない『幻のクリームパン』と呼ばれているらしい。
「なんか知らないけどそれ買うの大変なんでしょ?一年生なんて一番購買から教室遠いよね」
「はい!どうしても先輩達にお礼がしたくて頑張りました!」
「別に大したことしてねえのに」
自分は恐らくクリームパンを食べられないだろうが、とりあえず差し出されたそれを受け取る。ハルは心做しか嬉しそうだった。家に帰ったらハルに自分の分のクリームパンも食べさせよう。
「あの…それでまたちょっと尋ねたいことがあるんですけど」
「うん、いいよ」
ハルは見るからに上機嫌だ。余程クリームパンが嬉しかったのだろう。
朝比奈は少し言いずらそうに、しかし意を決したのか拳を握ったまま上擦った声で喋った。
「ロミオとジュリエットで、ジュリエットを演じていた方が誰なのか教えてほしいんです!」
俺とハルは顔を合わせて無言で会話をする。ハルの表情からするに「どうする?」と言っているのだろう。自分ではうまい言い訳が思いつかないから、ハルに「適当に誤魔化しておけ」とアイコンタクトを送った。
「いや〜それが俺もよくわからないんだよね」
「え、でも小笠原さんは一緒に舞台出てましたよね?」
「ほら、あの子は代役だったから」
「…だからって誰か分からない人とキスしたりします?」
確かに共演していたのに誰だか知らないというのは苦しいかもしれない。だからといってその正体をバラすわけにもいかないから「なんとかしろ」とアイコンタクトを送ると「ごめん」と返ってきた。一体何がごめんなのだろうか。
「実はあれ、勇也なんだよね」
ハルは俺の肩を掴んで前に出す。朝比奈の長い前髪に隠れた目と目が合ったが、ありえないくらい見開いているように見えた。
「は…?」
そう言ったのは俺ではなく朝比奈で、さっきまでの朝比奈のそれよりも低い声だった気がする。ジュリエットに何か期待をさせてしまっていたなら申し訳ないが、それが男だと言われたら怪訝な顔をするのも無理はない。
「お前なんで言ったんだよ!」
「ごめん、言い訳が思いつかなくて」
朝比奈は何かを思い出したようにポケットからスマートフォンを取り出し、その画面と俺の顔とを交互に見る。
「ほん…とに、この人が双木…先輩?」
スマートフォンの画面にはいつどのアングルから撮ったのか分からないジュリエットに扮した俺の写真が写っている。
正直消して欲しかったが、予想以上に朝比奈がショックを受けているようでなんと声をかけていいか分からない。
「なんか、すみません…あの、もう大丈夫です。この間はありがとうございました…じゃあ」
朝比奈は力なくそう呟くとふらふらと教室を出ていってしまった。ハルは先程もらったクリームパンをちぎって口に放り込み、もぐもぐと咀嚼している。
「なんだったんだ、あいつ」
「余程ジュリエットが好きだったんじゃない?まあ、どちらにせよジュリエットも勇也も俺のだからあげないけどね」
「お前が余計なこと言うから…」
いつの間にかクリームパンを平らげたハルに自分の持っていた分を渡すと、嬉しいのを顔に露わにしてそれを受け取った。
「意外と購買のパンって美味しいね、また食べたいかも」
思わずハルの方を見てしまう。あまりパンばかり食べられて弁当を残されたら嫌だし、かと言って自分でパンを焼くのは中々難しい。
「そんな顔しないで、勇也が作ったお弁当ちゃんと食べるから」
「そんな顔ってなんだよ…」
不意に近づいてきたハルは頬にキスをした。思わず周りを見たが、空き教室だから生徒がいるはずもない。
「学校ではやめろって」
「ごめん、つい」
弁当箱を持って屋上へ向かおうとすると、校内放送で評議会の招集がかかった。ハルは副委員長だからそれに出ないといけないらしい。
「ごめん、先に行ってて」
「ああ」
ハルの分の弁当も持って屋上まで登ると、僅かにドアが開いている。恐らく先に真田か上杉が来ているのだろう。
ドアに手をかけると、鼻の奥をタバコの匂いが突く。まだタバコをやめていなかったのかと、ドアを開けてそこにいるはずの真田に話しかけた。
「真田、お前またタバコなんか吸って__ 」
そこにいたのは真田ではない。長めの髪をかきあげて露わになった耳にはいくつもピアスが開いていて、鋭い目は驚いたように俺の方を呆然と見つめている。
「双木…先輩?」
その口からぽとりと落ちたタバコの銘柄もよく知らないけれど、目の前にいる男があの朝比奈にしか見えないものだから、つられてぽかんと口を開けてしまった。
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