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第214話Identity②

「朝比奈…だよな?」 それ以外に思い当たる節がある訳でもないのに、確認するように言ってしまった。 というのも、そこにいた朝比奈らしきその生徒は俺の知っているものと大分違っていたからだ。 あの鬱陶しい前髪もかきあげているから目が良く見える。あんな目付きをしているとは思いにもよらなかった。俺よりも多い数開いているピアスも、普段は隠れて見えていないようだ。眉の下にまでピアスが開いているのが分かる。あの時の落とし物はやはりピアスで、朝比奈本人のものだったのだろう。 「先輩、ここ…立ち入り禁止って」 「いや、お前こそなんでいるんだよ」 朝比奈はタバコを足の裏で踏み消して、乱暴に自身の頭を掻いた。俺の聞き間違いでなければ舌打ちも聞こえる。何を思ったのか俺の方に詰め寄って、タバコを一本差し出す。 「先輩にも一本あげますから、黙っててください」 「は…いや、俺吸わねえし」 「えっ、そうなんですか?そんなカッコしてんのに?へぇ、意外」 本当に意外そうな顔をして、取り出したタバコをまた箱へ戻す。そんな格好をしていて、というのは俺だって同じ感想だった。実際今の朝比奈は、いつもと違ってピアスやその目付きが不良生徒のそれに見えているが。 「お前…どうして隠してたんだ」 「どうして?さあ、どうしてでしょうね…あーあ、どうせ先輩には分からないですよ僕の悲しみは」 「はぁ…?」 上から見下ろされて若干腹が立つ。こいつは一体なんなのだろう。何をそんなにイライラしているのか。 「ほら、見てこれ」 学ランの前を開けた朝比奈は、ワイシャツのボタンも三つほど開けて鎖骨辺りに掘られたタトゥーを見せてくる。まさかそこまでとは思っていなかったから思わず凝視してしまう。 「こういうの、見られたら引かれるんじゃないかって思ってたんで」 「引かれるって…誰に」 「それ聞いちゃいます?」 片手で俺の両頬を挟むように強く掴み、無理矢理上を向かされた。思っていたよりも力は強い。振りほどけない訳では無いが、何故か後輩相手だと抗う気になれなかった。 「なんのために僕がこの学校入ったと思ってるんですか。こっちは淡い期待も初めての気持ちも全部踏みにじられてムカついてるんだよ」 頬を掴まれているせいでこちらはうまく声を出せない。何が言いたいのかもよくわからない朝比奈を、キッと強く睨みつけた。 「おー怖い顔。まあでも言われてみれば確かに…あークソ、信じたくねぇ」 ようやく突き放すように解放され、掴まれていた頬を押さえた。俺の何が気に食わないのだろう。そもそもそれに俺は関係あるのだろうか、ただの八つ当たりにしか見えない。 「あれ?つーか、双木…先輩って小笠原さんとキスしてましたよね?」 「は…?」 その距離感のまま顔を覗き込まれるようにそう言われ、顔に熱が集まる。何も事情を知らない第三者からそう言われると、どうしていいか分からなくて吃ってしまった。 顔は熱いまま、変な汗も止まらなくて眉頭に力が入る。キスをしてたというのはいつのことなのかとか、それを見られてしまっていたのかだとかを考えすぎて頭がパンクしてしまいそうだ。 「まあでも劇だったからおふざけとか台本上仕方なくとかそういうことなんですかね、僕なら絶対無理だけど…って、なんですかその顔」 「や…、え、劇の話か…そ、そうだよな」 「何でそんなに顔赤くして…あ、もしかしてガチなんですか?二中の狂犬がホモとかいいネタっすね」 冗談めかしく笑う朝比奈に動揺してしまう。何か、何か言い返さないと。このままではハルまで変な噂が流れてしまう。朝比奈がそんなことをするのかどうかはさておき、今の俺はただ慌てるしかなかった。 「違う!ふざけるな!!」 「なんだよ、冗談なんだからそんな怒んないでくださいって。それとも…そんな必死ってことは本当なんですか?」 「そんなわけないだろ!」 「ですよね〜。一緒に出かける仲っていうのも驚きでしたけど、それでホモだったら流石にキモいわ」 外したボタンを元に戻しながらそう言った朝比奈の言葉がどうもひっかかって前を見据える。 気持ち悪いと思われるのは重々承知の上だったが、それよりも何故朝比奈が俺達が一緒に出かけていたことを知っているのだろう。 「お前、あの日あそこにいたのか…?」 「あそこ?ああ、僕はいませんよ。ただ…あーなんかめんどくさいんで省いていいですか。聞きたかったらまた今度聞いてください」 「ちゃんと話せよ…おい!」 意地悪く舌をべっと出した朝比奈は屋上から出ていこうとする。その出された舌には、また金属のピアスが嵌められていた。 「僕のカッコとかタバコのこと誰かに言ったら駄目ですよ、言いふらしたりしたら先輩達がホモだって噂流しちゃうかもしれませんから」 何か言い返すことも出来ず、朝比奈は階段を降りていってしまった。途方に暮れている所へ、評議会が終わったらしくハルがやってくる。 「そこで朝比奈くんとすれ違ったけど…どうかしたの?」 「いや、あいつ__」 朝比奈の本当の姿のことを話そうとしたところで、朝比奈が最後に吐き捨てて言った言葉が頭をよぎる。あれも冗談なのかもしれないが、もしそうでなかったらハルにまで被害を及ぼしてしまう気がして、咄嗟に口を噤んだ。 「あいつが、立ち入り禁止って知らずに入って来たみたいだったから…」 「そうなんだ、俺達は無断で使っちゃってるけどね。まあいいや、早くお弁当食べよう」 いそいそと弁当箱を開けるハルの横で、俺は一人悶々と考えていた。朝比奈の姿にも驚いたし、俺に対して当たってくるのも訳が分からない。 ショッピングモールにいたあの日と言えば、他校の生徒から絡まれたのを思い出す。そういえばあいつらもジュリエットが何だとか言っていたような気もする。確かあいつらは中学生に扱き使われていて… 「ん…?」 「え?勇也なんか言った?」 「あ、いや…なんでもねえ」 自分の中で何かが繋がったような気がするが、また面倒なことに足を踏み入れてしまったのではないだろうか。 あの時朝比奈と廊下でぶつかったのは偶然だったのか必然だったのか分からないが、自分に当たられている理由も理由だからこちらに非があるとも言えない。 取り敢えずもう一度朝比奈に話を聞く必要がある。できればこれ以上関わりたくはないし、できるだけハルから離しておきたいと思った。 「お前…朝比奈と同じ中学だったんだろ。見覚えとかねえの?」 「朝比奈くん…?さあ、どうだろう。派手な見た目のやつ多かったからあんなのいたら覚えてると思うけどね。名前は誰も覚えてないから知らない」 見た目が違えばわからないのも仕方が無い。というか、よく考えてみたらハルは興味のないことは覚えようとしないから、聞くだけ無駄だったのかもしれない。 「まあでも先輩って慕われるのは悪くないね。中学の時は周りの舎弟みたいなのからは小笠原さんって呼ばれてたし、怯えられてただけだから」 朝比奈は俺のことを先輩と呼ぶけれど、ハルのことは小笠原さんと呼んでいたような気もするのだが…実は案外ハルと近かった人物なのではないかと思い始めて、余計に頭の中がぐちゃぐちゃになった。

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