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第215話Identity③

今週中、何度か朝比奈との接触を試みたのだが、一年生の行動規範など分からないから中々会うことが出来ない。ついに金曜日になってしまい、気持ちにも焦りが出てきた。 俺が明らかに挙動不審なことが多いから、ハルも俺の事を怪しみ始める。 「勇也、今週なんか変じゃない?」 「別に…普通だろ」 いつも通り屋上で昼食を取っていた。今日は真田や上杉も一緒で、上杉は相変わらず道着姿だ。 「真田、お前ってタバコ吸う時はいつも裏庭で吸ってんの?」 「え、なんだよ急に。ていうか最近は、そんなに吸ってないし」 「聡志、いい加減タバコはやめろとあれほど…」 真田と上杉の口喧嘩が始まりそうになったところで、ハルが俺の方に寄ってきて目を強ばらせる。 「もしかして勇也も吸おうとしてんの?ダメだよ、あんなの体に毒なんだから。そんなに口寂しいなら俺とキ…」 「俺は吸わねえよ黙れ」 「でもなんで急に双木がそんなこと言い出したんだ?まあ、俺は大抵裏庭で吸ってたけど…」 「いや、なんとなく気になっただけだ。気にすんな」 やはり裏庭くらいかと思って屋上から裏庭の方を見下ろすと、なんとタイミングのいいことに、朝比奈らしき人物が裏庭を通っていくのが見えた。 真田が吸っていた剣道場の裏口では止まらなかったけれど、今追いかければどこにいるかわかるかもしれない。 「悪い、ちょっと行ってくる」 「え?どこ行くの俺も行く」 「来なくていい、どうせクラスで会えるんだから我慢しろ」 「お前らはまた人前でいちゃついて…」 勝手に赤面する上杉の頭を軽く叩いてから、小走りで外へ向かった。 裏庭を抜けて行くと、ちょうど屋上からは見えない辺りに朝比奈の姿はあった。 どうやら剣道場には脇にも戸がついていたようで、そちらは常に閉まっているようだったが裏口と同じように段差があり、そこに朝比奈が腰をかけてタバコを吸っている。 「朝比奈、話がある」 「…うーわびっくりした。なんだ双木先輩か」 「なんだってなんだよ」 タバコを吸う時はその髪を上げているのか、またその見下すような目が露わになっていた。後ろ髪も僅かに縛られていて、こうして見ると普段の朝比奈とは全く違って見える。 「何しに来たんですか…あ、そういえば今度聞いてくださいって僕言いましたっけ」 「そうだよ…ちゃんと話聞いたらもうお前には関わらねえから」 「はぁ…そうですか、まあどうでもいいんですけど」 朝比奈は立ち上がって壁に寄り掛かり、また俺のことを見下ろした。それに多少苛立ちながらも、自ら朝比奈の方に少し近づく。 「ロミオとジュリエット見てこの学校入ろうと思ったのは本当ですよ。僕バカだから死ぬほど勉強しましたけどね」 「お、おう…そうか、ありがとう…?」 「双木先輩に感謝される筋合いないですから!いやまあ、間違ってはねえけど…」 朝比奈はこの前みたく乱暴に頭を掻いて、どこか怒っているような表情のまま話を続けた。 「正直ジュリエットがアンタだって知った上で言いたくないですけど、僕本気だったんですよ」 「本気…?」 「あー!だから、一目惚れだったんです!言わせんじゃねえよクソ!」 アレに一目惚れと言われてもあまりピンと来ないのだが、その正体が俺だったとなると確かに気の毒だ。 「そもそも小笠原遥人も気に食わねぇ…なんで僕のこと覚えてないんだよ!あんだけ扱き使ってきたくせに…高校行ったら五中も放っぽりだしやがって」 「あ?あいつお前の名前も聞いたことねえって…余程興味持たれて無かったんだな」 「うるせえんですけど…そりゃあ小笠原さんのお気に入りだった二中の狂犬さんには分からないでしょうけどね」 二中の狂犬と言われるたびに鳥肌が立ちそうだ。黒歴史と言って等しいくらいに消し去りたい名前。昔は少しかっこいいと思っていたのが尚更恥ずかしい。 「ムカつくから偵察も兼ねて文化祭来てみたら劇やってるし…でもそこで僕は天使に会ったんですよ」 「天使って…」 顔を片手で押さえ込んでそう言った朝比奈は、指の隙間から俺の方を睨みつけた。 「まあまさかそれが男…ましてや二中の狂犬だなんて思ってませんでしたけど」 「それは…その、悪かった。ごめんな?」 「謝るなよ!僕が惨めみたいじゃないですか!…もし小笠原さんとジュリエットが付き合ってるなら、高校入ってそれも全部奪ってやろうと思ってたのに」 恨めしそうな顔で親指の爪をかじり、どう落とし前をつけてくれるんだと言わんばかりに見つめられるがどうしようもない。こちらだって騙そうと思って騙した訳では無いのだから。 「ほんっとに何のためにこの学校来たんだよって感じ?校則うぜえからピアスも刺青も隠さないといけないですし、最悪」 「災難だったな…」 「アンタのせいだろうが!ふざけんなよホモで女装癖のカマ野郎の癖に!」 流石にその言葉にはこちらもカチンと来てしまって、思わず朝比奈の胸ぐらを掴んだ。俺と朝比奈の力は互角だろうから、あちらもいきなりこうされると怯んでしまうようだった。 「お前、いい加減にしろよ…!」 「…そ、そんなにキレるってことはやっぱり本当なんじゃないですか?」 「うるせえ!それ以上言ったら…」 「これ、なーんだ」 いきなり目の前に出されたのは朝比奈のものと思わしきスマートフォンで、その画面に写っていた画像を見て俺は胸ぐらを掴んでいた手を離してしまった。 「はは、言い逃れできませんよね?仲良く手繋いで帰っちゃって。しかも一緒に住んでるんですか?」 「な、んで…」 その写真は下校途中の俺とハルで、交差点の先で手を繋ぎ始めた辺りのものが数枚あった。血の気が引いて一気に顔が青ざめていく。 「小笠原さんもあんだけ人望あっていい人ぶってるのに、ホモなんてバレたら終わりですよね。前まで女好きだと思ってたけど」 「やめろ!」 「必死かよ、そんなにあの人が大事ですか?」 顔を上げることが出来ない。どんな顔をすればいいのかも分からないし、どうすればこの状況を打破出来るのか考えても考えても答えに辿り着かない。 「男同士で乳繰り合ってて楽しいですか?本当気色悪いっすね。え、どっちが女役ですか、やっぱり双木先輩?」 「やめ…ろ、よ」 震える声を出して精一杯に朝比奈の方を睨みつけたが、眉根が変に下がったまま泣きそうなのを堪えるしかなかった。 気持ち悪がられることを想定していなかった訳では無い。けれど実際こうして詰め寄って煽られると、何も言い返せないのだった。目に力が入らなくなり、ついにはまた下を向いてしまう。 「なんですかその顔…この前は顔真っ赤にしてたし、今度は泣いちゃうんですか?先輩いじめがいありますね」 「ほん…とに、あいつに迷惑だけは…」 「えーじゃあなんかしてくれるんですか?お金とか、小笠原さん結構持ってますよね。それか代わりの女でも紹介して下さいよ。ほらどうするんですか、いい加減顔上げて__」 昨日みたいにまた頬を掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。焦燥と不安で混乱していて、また自分のせいでハルに迷惑をかけることになる思ったら堪えられず涙が一筋零れてしまった。 そんな俺のことを見た朝比奈は何故か静止して、次の瞬間には朝比奈の唇が俺の唇へと重ねられていたのだった。

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