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第225話Underwater
エントランスにはドアマンがついていて、ホテルのようにフロントまである。その前に真田が立っているのが見えた。このエントランスの中でラフな格好をしている真田は少し浮いて見える。
「お、双木!大丈夫だった?喧嘩したって言ってたけど」
「ああ、まあ…」
「じゃあ来て。専用のエレベーターあるから」
エントランスの自動ドアを抜けてすぐのエレベーターを通り過ぎ、細い道を通った先のエレベーターに乗って上の階まで上がった。
一体何から突っ込んでいいのか分からなかったが、今はそれどころでないので心にしまっておこう。
「ただいまー」
「ま、双木…久しぶりだな」
「は?何言ってんの謙太、金曜に会ったじゃん」
謙太は俺の顔を見るなり赤面して俯く。あの電話のことを思い出し、俺までつられて赤くなってしまった。
「今お袋出かけてるからさ。ていうかさっきまで遥人の家に行ってたんだよな?双木具合悪くて寝てるってお袋から聞いたけど」
「いや、それは…なんか、治った」
「なんだよそれ、無理すんなよな。ていうか今日のうちは大丈夫だけど、明日になったら親父帰ってくるしそしたら泊められないかも。なんか大事なことがあるって」
「そうか…じゃあ今日だけ世話になる」
しかし明日から家に帰るのは少々早すぎる気もする。別に泊まる場所をどうにか確保しなくてはならない。
「上杉の家は…」
「うちも今ちょっと事情があってな…本当なら小笠原がいつも勝手に使っていた部屋があったのだが、すまない」
「それなら仕方ねえよ、悪いな」
他愛もない話をしながらゲームで対戦して過ごしていたが、どうも上の空になってしまう。
「双木、やっぱ体調悪い?」
「…や、別に」
ハルはちゃんと食事を摂っているだろうか。色物と白いものに分けて柔軟剤を入れる場所を間違えずに洗濯できるだろうか。考えれば考えるほどハルを一人にするのが不安になってしまう。
夕方には佳代子さんが帰ってきて、適当に事情を説明したら何かを察して慰めてくれた。
「多分悪いのは遥人さんだろうから、双木さんはいつもそんなに気負わなくていいのよ」
「けど、俺も勝手に出てきて…」
「今まで小笠原がしてきたことに比べれば、双木の家出なんて可愛いものだと思うぞ」
「そうそう、遥人意外と性格悪いから簡単に許したりしちゃだめだぞ!」
逆に自分がここまで擁護されてしまっていいのだろうか。皆の中でハルはどれだけ嫌な奴だと思われているんだ。いや、間違ってはいないが。
だだっ広くてごちゃごちゃした真田の部屋で、三人分の布団を並べて寝た。実際イビキを立てながら気持ちよさそうに寝ていたのは真田だけで、俺は眠れなかったのだが。
「双木、起きているか?」
「ん…なんだよ」
「いや、その…この前の電話の事だが」
「あーうるせえ思い出させんな」
見えてもいないのに顔を覆ってしまう。流石にあんな声を出したら上杉だってなにがあったのか察してしまうだろう。
「お、お前は…小笠原のことが好きなんだよな?」
「はぁ?そこかよ」
「どこが好きなんだ?」
「修学旅行の女子みてえな会話だな…」
生徒会長にも同じことを聞かれたのを思い出す。確かにあげてみようと思えばいくらだって出てくるけれど、何が決め手となるかと言われれば微妙だ。
「いや、小笠原はその…クズだろ?どうして好きになったのかと思ってな」
「そんなの俺が知りたいくらいだよ。けど好きなのは…嘘じゃない」
上杉は黙りこくってしまう。眠ったのかと思ったが、恐らく赤面しているのだろう。
「しばらくしたら戻るつもりなのか」
「ああ…そうだな」
「何があったのかは分からないが…その、応援しているぞ」
「余計なお世話だ」
そうは言ったものの、上杉が応援すると言ってくれたことを嬉しく思っていた。
俺達のことを軽蔑せずにいてくれる。それがどれだけ心の支えとなっていることか、本人は気づいていないだろう。
翌日、一応制服は持ってきていたので三人一緒に登校することになった。ハルと同じクラスだから気まずいことこの上ない。二人は「頑張れよ」と口にして、文系のクラスへ行ってしまった。
もしかしたら学校に来ていないかもしれないと思ったが、ハルは一時間目の授業に遅刻してやって来た。目の下にはクマがあるから、きっと昨日は眠れなかったのだろう。
『どうした、小笠原が遅刻なんて珍しいな』
「はい、ちょっと…色々あって。すみません」
『いや、具合が悪いなら無理しない方がいい。顔色も良くないし…』
教師がそう言うのでハルの方を窺うと、確かにそれは酷い顔だった。整っていることには代わりないのだが、目の下にクマはあるし、髪の毛もいつものようにセットされていない。
ハルが俺の席の方を振り返ったので、咄嗟に目を逸らしてしまった。
昼休み。真田から『今日遥人が屋上に来るらしいけど、双木はどうする?』というメッセージが届いていたので、少し考えて自分は行かないことにした。
かと言ってクラスにいるのも居心地が悪い。というのも、いつもはハルと一緒にいるからか教室内では俺とハルが喧嘩していると専ら噂になっていたからだ。
フラフラと校舎の外を歩いていると、裏庭に辿り着く。見上げれば屋上の柵に真田が寄っかかっているのが分かり、何か話しているようだった。
深くため息をついて、剣道場の脇に誰もいないことを確認してから蹲る。元はと言えばここで朝比奈があんなことをしたから…何故あのような嫌がらせをわざわざしたのだろうか。
「うわっ…」
驚きを顕にした声が聞こえてきて、顔を上げる。そこに居たのはまさに朝比奈だった。
「双木先輩か…なにやってんすかこんな所で」
タバコを取り出しながら髪をかきあげ、朝比奈が俺の前にしゃがみこむ。
「別に…どっか行けよ」
「どっか行けって、元々ここは僕の場所なんですけど」
「…なんであの時…お前」
「はい?なんて言ってるか聞こえねえんですけど。もっとでかい声で喋って下さいよ」
朝比奈がタバコの煙を俺の顔に吹きかけてくるから、それを吸い込んで激しく咳き込んだ。
「なに、すんだよ…!」
「すみませんでしたぁ。それでなんですか?」
「なんでお前、あの時俺にあんな嫌がらせを…」
朝比奈は嫌がらせという言葉に首を傾げてタバコを吸い、なにかに気づくと俺と同じように激しく咳き込んだ。
「おえ…嫌がらせって…ああそうですよ、嫌がらせですよただの!」
「なんでお前がキレんだよ」
「キレてねえし!つーか僕だってあの時なんで自分があんなことしたのか分からないですよ!」
さっき自分で嫌がらせだと肯定したくせに、分からないとはなんだ。
「てか、小笠原さんと喧嘩したってほんとですか?」
「なんで一年生まで伝わってんだよ」
「二人とも目立ちますから。知らない人いませんよ。ま、その二人がホモだって知ってんのは俺だけですけど」
前までなら掴みかかっていたかもしれないが、今はそんな気力もない。そんな俺を見た朝比奈はニヤリと笑って、俯いた俺の顔を覗き込んだ。
「あぁそれとも喧嘩別れですかぁ?小笠原さんが女作ったとか…」
別に喧嘩別れをした訳でもないし、その言葉が深く刺さった訳でもない。けれど、溜まりに溜まった何かがあったようで、俺の目からは勝手に涙が流れていた。
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