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第233話Conviction②ー遥人ー
最悪だ。どうしてこんなことになった。勇也の話なんて聞かないわけにはいかない。それなのにこの女は交換条件として俺の家に来ることを提示してきた。
もちろん家に上げるわけにはいかなかったけれど、ここで断って重要な情報を逃すのも嫌だった。
「うざい、くっつくな」
『いいじゃん、今フリーでしょ?』
低く舌打ちをして、周りに誰もいないかを確認してから家の中に入る。リビングは既にものが散乱していて、片付いているとは言えない状態だった。
『あれ、前来た時より綺麗になってる?』
「いつの話してんだよ、早く本題入れって」
『そんな急かさないでよ…私が持ってるのは、双木くんが今日男と抱き合ってるの見たって話』
「は…?」
その言葉の意味が理解出来なかった訳では無い。いや、理解はしたくなかった。しかもその男というのが、もしも自分の思っていた人物だったとしたら厄介だ。
『しかも私らの中学の後輩だったよ、あれは』
「朝比奈…?なんでお前が知ってんの」
『え?だって遥人の側にいつも引っ付いてたじゃん。覚えてないの?』
そう言われて記憶を掘り返すも。出てくるのはぼんやりした顔ばかり。
「えっと…朝比奈なんだっけ下の名前」
『たしかタイキじゃなかった?』
「朝比奈…朝比奈泰生…」
勇也とキスしていた時の朝比奈の顔を思い起こすと、言われてみれば見覚えがあるような無いような気がする。
それよりもその光景が自分にとってトラウマすぎてすぐにかき消してしまった。
『ほら、遥人の真似して髪赤くしたりしてたじゃん。覚えてないの?可哀想〜』
「…それで、なんで朝比奈と勇也が」
『なんか剣道場の掃除してたら声が聞こえて、ちょっと外覗いたら見えたんだよね。なんか双木くん泣いてる感じだったような』
何故泣いていたのだろうと思ったけれど、俺のせいかもしれない。もし仮に朝比奈が勇也を泣かせたのだったとしたら俺も朝比奈をどうにかしてしまうかもしれないが、勇也が泣く心当たりが自分にありすぎて困る。
『てか、双木くんってソッチの人だったのかなって思って。遥人も狙われてんじゃない?』
「ふざけんな」
ソファの背もたれを勢い良くを踏みつける。ソファにピッタリと背中をつけていた女は硬直してしまった。
『な、何怒ってんの?私はちょっと面白い話持ってきただけで…』
「面白くねえよ、失せろ」
『家の中まで入れておいてそれは無いじゃん。最近誰ともシてないんでしょ?』
女は徐ろに着ていた服をはだけさせて、俺の脚をそっと撫で回した。
全身が粟立つように寒気がする。女の身体を見たところで自分は面白いくらいに反応を示さなかった。触れてきた女の手を掴んで力を込める。
「いい加減にしろ、帰れ」
『なんでよ!だってまだ何も』
「出てけって言ってんだよ、早く俺の目の前から消えろ!」
女は目に涙を浮かべてこちらを睨みつけながら逃げるように家を後にした。リビングには甘ったるい香水の残り香が漂っている。
「気持ち悪…」
この吐き気はどこから来るのだろう。香水の匂いと女に触られた跡がそれに追い打ちをかけていく。勇也が他の奴と抱き合っていたという事実から目を逸らしたい一心だった。
元はと言えば俺のせいなのだろうか。俺が勇也を大切にできなかったから。そんな俺にこの先も勇也を愛する資格などあるのだろうか。
今でこそ勇也がこの場にいたら問い詰めて首を絞めてしまうかもしれない。俺の良くないのはこういうところだ。それが分かっていても何故か治る兆しがない。
自制心を保つこと、理性を失わないこと。人間なら誰だって出来て当たり前のことができない俺はなんなのだろう。
本当ならもう心はズタズタに引き裂かれてしまっているのだが、ここで何も行動を起こさなければ勇也はもう二度と自分の元へ帰ってこない気がした。
そもそも帰ってくる前提で考えているところがおかしいのだが、勇也が自分のことを嫌いになったという事実を頭が全く理解しようとしていない。
聡志や謙太の言う通り、改心して誠心誠意勇也に謝らなければならない。それと同時に、事実の確認を怠ってはならない。勇也の気持ちが今どこにあるのか、自分で確認するべきなんだ。
もしも、もしもそれで勇也の心が俺の元に無いのだとしたら、それまでになってしまう。
「嫌だよ、そんなの…」
ため息混じりに弱音を吐く。覚悟なんて出来るはずがなかった。真実を知るのは怖い。けれど何も知らないまま勇也が離れていってしまうのはそれ以上に怖かった。
怖気づいてなんかいられない。まずは勇也がここに帰ってきても良いようにしなければ。
そう思ってまずはリビングの掃除から始めたが、何も手につかない。何がいらなくて何がいるのかもよく分からないし、ゴミの分別も全く分からない。
諦めようかとも思ったけれど、勇也が帰ってきたときに掃除が出来ていたら褒めてくれるかもしれないと思い立って必死に掃除をした。
また、勇也がちゃんと飯を食えと言い残したのを思い出して夕飯作りにも挑戦しようと意気込む。作れるものは限られていたから、結局家にあった材料でオムライスを作った。
決して不味くはないと思う。きっと勇也が食べたら褒めてくれるだろう。けれど俺が食べたかったのはこの味じゃない。
「勇也ぁ…」
呼んでも当たり前だが返事はない。この家に一人というのは寂しかった。そう言えば俺は二度も勇也を残して家を出て行ったことがあるなと思い出す。
「ごめんね」
状況が状況だったから、勇也は俺よりもずっと寂しかったに違いない。どうしてあの時勇也を…今懺悔し始めてもキリがなかった。
俺はいつも気づくのが遅すぎる。辛い思いをしてきた勇也がなんで俺みたいな最低な奴を許し続けてくれたのか本当に不思議だ。
確かに勇也は聖母と言っても過言ではないけれど、一応は人間なのだから耐えられないことだって多くあって然るべきだ。だからこそ今回こういう結果になってしまったのだろうけど。
逆によく今まで俺のことを見放さなかったものだ。捨てられてもおかしくないのは俺の方ではないか。自分の愚かさにため息が止まらない。だめだ、どんどん幸せが逃げていく。吐いた幸せを取り戻すように息を深く吸い込んだ。
「勇也、どうしても話したいから一緒に…いや、ダメだな」
声に出してひとり寂しくシミュレーションをしながら、溜まっていた洗濯物を洗濯機に入れ、とりあえずそれらしい洗剤をぶち込んでスイッチを押す。
ぐわんぐわんと不安定な音を立てながら、それは回り始めたのだった。
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