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第234話Conviction③
学校に来てみたが、どういうことだか勇也の姿はない。もう朝のHRが始まるというのに、来ていないなんておかしい。俺のことが嫌で休んでしまったのだろうか。気になって仕方なくて、いつも朝早くから学校で自習をしているらしい男子生徒に声をかけた。
「ねえ、勇也…双木勇也って、今日は休み?」
『双木くんなら朝一度学校に来て、その後どこかへ行っちゃったよ』
「どこかってどこ?」
『さあ…なにか忘れ物でもして帰ったんじゃない?』
忘れ物と言っても勇也が俺の家に帰ってくるはずはないし、今どこで寝泊まりしているのかもよく知らない。一度学校に来たのに帰ったということは、何かがあったのだろうか。
「勇也が教室から出る前に何かあった?」
『何か…?うーん、文系クラスの派手な女子が騒いでたから、それが気に障ったとか?』
文系クラスの派手な女子というのは、まさか昨日家に半ば強引に押しかけてきたあいつのことだろうか。胸がざわめくような気がした。
「話の内容とかって…」
『詳しくは覚えてないけど…あ、君の家に行ったって話してたよ。その後かな、双木くんが教室でてったの。その女子、小笠原くんの彼女じゃないの?』
「最悪だ……いいや、ありがとね。あと俺はあの子と付き合ってるわけじゃないから。家には来たけどすぐ追い返したし、なんの関係もないよ」
そもそもなぜ俺がこんなことを聞いてきたのか分からないと言ったように顔を顰め、彼は数学のテキストに視線を落とした。
それだったら勇也が帰ってしまった可能性は高いかもしれない。追い打ちをかけるように、気づかないうちにまた勇也を傷つけてしまった。いよいよ俺の立場はもう崩れてきている。
流石にここまで来たらいくら勇也でも許してくれないのではなかろうか。先は真っ暗、絶望的だ。どうにかして勇也と話さなければならないのに、この先会ってくれるかどうかも分からなくなってしまった。
そこで、ふとひとつ思い出す。昨日勇也と一緒にいたらしい朝比奈なら、何か知っているかもしれない。朝比奈と話したら余計なことをしてしまいそうな気もしたが、今はとにかく勇也の現状が知りたかった。
昼休みになった瞬間、俺は足早に一年生の教室へと向かい、朝比奈を探す。朝比奈の影は驚くくらいに薄くて、いかにもモブといった容貌の朝比奈を連れて空き教室へと移った。
「ど、どうしたんですか小笠原さん…いきなり」
「朝比奈くんってさ、中学のとき俺の近くにいつもいた?」
「……なんですか、今更思い出したっていうんですか」
「いや、ごめん正直覚えてないけど」
素直にそう言うと、呆れたのかため息をついて朝比奈は前髪をかきあげた。この前も少し見えたけれど、朝比奈の耳には複数のピアスが開いている。目つきは鋭くて、よくよく見てみれば少し見覚えがあるような気もしてきた。
「なんで突然僕のこと呼び出したんですか。悪いですけどソッチのけはないですからね」
「は?なんの話だよ」
「優等生ごっこしなくていいんですか」
「中学の時俺の側にいたならする必要ないでしょ」
朝比奈は人が変わったように気だるげな表情をして、重心を片足に移し壁に寄りかかった。
記憶の中の朝比奈らしきものはいつももっと俺に尻尾を振っているような奴だった気がするけれど、今目の前にいる男はとても俺を慕っているようには見えない。
「まあ、それもそうっすね…で、何の用ですか」
「聞かなくても何となく分かってるんじゃねえの」
「…双木先輩ですか」
朝比奈の口からその名前が出てくるのも嫌だ。自分からふっかけたくせに、朝比奈がこの状況を理解していることが気に入らない。
「朝比奈くんは俺と勇也のこと、知ってんの?」
「何の話ですか?」
「とぼけんじゃねえよ」
朝比奈をきつく睨むと、少しばかり怯んだような表情を見せた。中学のときのことを思い出すとどうもその時の癖が出てきてしまう。
「…お二人が手繋いで帰ってるところ、見ました」
「は…?」
「これ、写真です。双木先輩にもこれ見せました」
朝比奈の手ごと向けられたスマートフォンを掴み、写真を凝視する。そこには確かに手を繋いで帰路を歩む俺と勇也の姿があった。
「お前…これで勇也のこと脅したの?キスしろって?」
「ち、違います!僕にそんな趣味、ないですし…」
「じゃあなんであんなことした」
「なん、で…って、そんなの、嫌がらせですよ」
朝比奈の顔を見れば良くわかる。嘘をついていることも、きっとこいつも勇也の事が好きなのだということも。
「嫌がらせでそんなことする意味が分からないんだけど」
「だから、双木先輩には謝りました…写真のことは。本当に嫌がらせしたかった相手はあなたですし」
「俺?なんか恨まれるようなことしたっけ…思い当たる節しかないからわかんねえな」
基本的に五中の奴らは俺が言った事なら例え不可能に近いことでもやろうとしたし、できなければ俺にシメられるだけだった。だんだん思い出してきたけれど、朝比奈はどちらかと言えば俺の言ったことはこなしてきていた気がする。
「そういう所もですけどね…僕は小笠原さんが持ってるもの、全部欲しかったんです」
「欲しかったもの?なにそれ」
「そのうちの一つを取ってやったら、小笠原さんはどんな顔するだろうって」
朝比奈の声は若干震えていて、俺を恐れているようにも見える。目もなかなか合わないし、本当に怖がられているのかもしれない。
「それって俺が持ってるものじゃなくて、朝比奈が欲しかったものなんじゃないの。それをたまたま俺が持ってただけでしょ」
「ちが…そうじゃない…だって、僕がそんなはず…これはただ小笠原さんに対する嫌がらせのつもりで」
「お前、勇也のこと好きだろ」
「違う!あんたらと違って僕はホモなんかじゃねえし、双木先輩なんて別に…!」
何をそんなに認めたくないのか。その反応を見れば一目瞭然だった。勿論朝比奈には諦めてもらわなければならないし、勇也が好きなのは他でもない俺だ。と言いたいところだが、今はそうも言えない。
「隠せてないよ、顔真っ赤」
「か、仮にそうだとしたら…どうするつもりですか」
「勿論あげるつもりないよ、俺のモノだし」
「…双木先輩はモノじゃないです」
別に俺はモノ扱いしてる訳じゃないと反論しようとしたけれど言葉に詰まる。玩具扱いしてると勇也本人に言われてしまったからだ。
分かってる。一方的に恋人を犬扱いしてアブノーマルなプレイをさせたことに関しては100%こちらに非があるし、勇也は傷ついて当然だ。
そう考えてみると、俺は本当に何も言い返せないのではないだろうか。
「小笠原さん、双木先輩を自分の所有物とでも思ってるんですか」
「それは…違う、けど」
確かに勇也は俺のものだ。それは違いない。だからって別にモノとして扱っていたわけじゃないのに。あの時の俺の行動は言い訳出来るものではなかった。
「…僕、双木先輩のこと取っちゃいますよ」
「は?バカ言うなよ。あん時だってお前が勝手に盛ってキスしただけだろうが」
「昨日から、双木先輩は僕の家に泊まってます」
「は…なんで…?」
素で腑抜けた本心が漏れる。悲しいのを顔に顕にしてしまったからか、朝比奈も少し驚いているように見えた。
「数少ない友達の家にも宛がなくなったみたいなんで、僕の家に泊めてあげてるんです」
「何勝手なこと…!」
「勝手?どうするかは双木先輩の自由じゃないですか」
そんなわけないだろ、俺と勇也は付き合ってるんだぞ。それをこいつは知っていてこんなことを言っているのか。
しかし自分の行いを顧みればその自信も薄れていく。ぐうの音も出ないというのはこのことか。
「双木先輩、今凄く弱ってます。これって小笠原さんのせいじゃないんですか」
「元はと言えばお前が…」
「でもその後どうせ酷いことしたのはあんたでしょ」
「勇也が何も言えなくなるようなことお前が言ったんじゃないのかよ」
そうでなくては困る。だって、そうじゃなかったら俺と勇也の関係の修復なんてできる気がしない。
「…双木先輩には、本当に悪かったと思ってます。最初は嫌がらせしてやろうと思って、写真見せて顔真っ青にしてたのも、小笠原さんが怒ってたのもただ面白がってただけのはずなんです」
「やっぱり好きなんじゃん、勇也のこと」
「違います!僕はただ…あの人が泣いてるところ、もう見たくないだけだ」
朝比奈は、ひどく顔を赤く染めてそう言い放った。
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