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第235話Conviction④
朝比奈よ、それはもう好きということなのではないだろうか。勇也を泣かせたくないのは俺だって同じだ。いや、違う意味で啼かせるのはどちらかと言うと好きだし最高に滾るのだけれど。
だから俺はこういう所がダメなんだ。自暴自棄になって何をされてもいいと言う勇也に「もっと自分を大切にしろ」と叱ったのは紛れもない俺だというのに。
「俺さ…もう、勇也に嫌われてるの?」
「なんですか急に弱気になって…僕に聞かれても困るんですけど」
「別にお前が俺達のことホモだってはやし立てて言いふらすのは構わないよ。俺本当に勇也のことが好きなんだ。勇也がいないと生きていけない。今まさに死にそう」
若干朝比奈は引き気味な顔をしていたが、そんなことはもう気にせず話を続けた。
「だから、俺の勇也を返して」
「あんたのモノじゃないって言ってるでしょうが。帰るのも帰らないのも決めるのは双木先輩です」
「分かってるよそんなこと。もう勇也に手出しすんなって言ってんの」
「手出しってなんだよ…何もしてないですけど」
キスしておいて何もしてないは無いだろと思いながら長いため息をつく。家に連れ込んでこいつが勇也を襲わない保証がどこにあるというのか。
「家に連れ込んだけどキス以上のことしたりしてないってことでいいの?勿論またキスしたなら問答無用で嬲り殺すけど」
「き、キス以上って…そ、そういうのは付き合ってからするものでしょ普通!ま、まぁキスもそうだけど…」
「…なんだ、朝比奈くんもピュアな童貞じゃん」
「ど、童貞って言うな!!!」
この焦り方は明らかに童貞のそれだ。かと言って今は悠長にこいつの童貞いじりをしている場合ではない。
「勇也のこと好きなお前が勇也とひとつ屋根の下とか俺が許せるわけないじゃん」
「だっ…だから、好きじゃないです!あんたらと一緒にしないでください!」
「じゃあいい加減嫌がらせで掻き乱すのやめろよ、ややこしくなる」
好きな子ほどいじめたくなってしまう気持ちはよく分かる。本心を言うと朝比奈に恋心を認めて欲しくはなかったのだけれど、ここまで来ると朝比奈が素直じゃなさすぎて苛ついてきた。
「………好き…かも、しんないっすけど、僕はそういうの分からないんで」
「ハッキリしろよ、それで好きなら手を引いてくれたら一番嬉しいけど」
「手を引くのは…嫌です。あんたの元に、あの人を返したくない…けど」
「けど?」
よくわからないタイミングで吃り始め、朝比奈は悲しそうな遠い目をした。何かを決心したようにも感ぜられる。
「今のあの人に必要なのは小笠原さんです。納得いかないけど、それは多分間違いないと思います」
「じゃあ…」
「仲直りしたいならさっさとしてください。まあ、あんたらお互い信頼できてないみたいだし出来るかどうか知らないですけど」
「信頼ってそんなの…!」
しているはずだったのだが、勇也を信用しなかったのは自分だ。それどころが誤解を解くための話も聞かずあんな仕打ちをした。
それに今勇也はきっと俺とあの女の関係を疑っているだろうし、勇也が俺のことを信じてくれなかったら今度こそ本当に終わりな気がする。
「双木先輩の口から、僕の家に泊まってたことあんたに言ってくれると思いますか?」
「は?なんでそんな…」
「やましい事がないなら言えますよね。聞いてみたらいいじゃないですか、どこに泊まってたんだって」
「やっぱりお前勇也に何かしただろ」
カマをかけられているのか、それとも本当に朝比奈が勇也に手を出したのか分からない。それがはっきりしたら答えによっては朝比奈を今ここで打ちのめしてしまうだろう。
「双木先輩に聞けばいいんじゃないですか?それでもし双木先輩がはぐらかすようなことがあるんだったら、あんたもあの人のから離れたらどうですか」
「なんで俺が離れなきゃなんねえんだよ」
「信用されてないなら付き合ってても意味無いんじゃないですか。一応僕は脅すようなことはもう何もしてないですし」
勇也は自分一人で抱え込んでしまう癖がある。だから言ってくれるかどうか分からない。けれど仮に言わなかったとしたら、それはそれで俺はショックを受けるだろう。今ここで朝比奈と話したから朝比奈の家にいたという事実を知ることが出来たけれど、それが無かったら俺は何も知らないままということになる。
まさかこんなところで信頼関係を試されるようなことがあるとは思っていなかった。わざわざそんなことをする必要は無いはずなのだが、曇った気持ちのまま関係を続けていくのも厳しいものがある。
それに俺も勇也に誤解を解かなければならないし、ここは勇也を信じて賭けに出るしかないのだろうか。
「正直不安しかないし自信もないけど…俺は今度こそちゃんと勇也のこと信じたいから」
「自信が取り柄みたいな小笠原さんが、珍しいですね」
「最初から俺ばっかり勇也のことずっと好きだったから…好きって言われて調子乗って、自分のものにしたつもりになってた」
「気持ち悪い話わざわざしないでください」
プライドを全部捨ててもいい。惨めで格好悪くても、必死に縋って勇也に許して貰うしかないだろう。それだけ俺が勇也のことを好きなんだと、分かってもらいたい。
「あとはこの性格どうにかしなきゃいけないんだけどね…」
「うわ、性格悪いの自覚あったんですか。せいぜい頑張ってください…僕だって…」
「あ?最後なんか言った?」
「別に何も。じゃあ失礼します」
朝比奈はスタスタと教室を出ていってしまう。今ので決意は固まったものの、余計自信が無くなってきた。
もしも勇也が朝比奈を選んでしまったら…いや、そんなことはないと信じたい。朝比奈が本当に勇也を脅していないとして、勇也の心が朝比奈に傾き、俺のことを嫌いなままになったらその時こそ俺はもう生きていけない。
嫌いという言葉で受けたダメージのせいで全ての考えがマイナスへ向いてしまう。
今日この後勇也に連絡を試みてみるかと考えていたところで、ふと思い浮かんだことがあった。
今勇也は朝比奈の家に泊まっていて、朝教室を飛び出した。けれど朝比奈は学校にいる。ということは、勇也はもしかしたらまだ学校の中にいるのでは?
勇也の事だからどうせどこかでじっと一日やり過ごそうだとか考えているに違いない。そうだとしたら今正に話をするチャンスだ。
屋上、空き教室、体育館裏…思い当たるところを片っ端から探して、ようやく剣道場付近の裏庭でその姿を捉えた。しかしその勇也は正に今朝比奈の胸に抱かれている。
本当は飛び出して殴りかかりたかったけれど、それをしてしまったらまた同じ展開になりかねない。
なぜ自分がコソコソしなければならないんだと苛つきながら、剣道場の陰に隠れてその様子を伺った。
やはり朝聞いた話を間に受けて傷ついているようだ。勇也を慰めるのは本来なら俺のはずなのに、今はそれが出来ないのがもどかしい。
「もうやめませんか。小笠原さんと一緒にいなくたって先輩は幸せになれますよ。ただでさえ男同士って大変でしょ。偏見とか…それでも小笠原さんから離れようとしない理由ってなんですか」
やめろ。そんな事聞くな。自分の心臓ががなりたてるように鳴っているのが分かる。
これで勇也が素直に頷いてしまったら。ダメだ、そんなの。聞きたくない、もう聞きたくない。それなのに足が動かなくてこの場から離れられない。
「…それでも好きなんだ、あいつのこと」
涙ぐんだ声が聞こえてくる。思わず漏れてしまいそうになった驚嘆の声を自分の手のひらに収めた。体温が上がって耳に熱が集まってくる。
勇也が俺のことを好き
それだけで、まるで世界が救われたかのように感じた。だからこそ尚更罪悪感が込み上げてきて、健気に自分のことを好きでいてくれる勇也をもっと大切にしなければならなかったと改めて思った。
今すぐに駆け寄って抱きしめたかったけれど、朝比奈が勇也を連れてどこかに行こうとしている。
追いかけようとした矢先、スマートフォンにメッセージの通知が来た。送り主は何故か数字の1が表示されている。恐らく自分でそう登録したのだろうけれど誰なのか思い出せない。
こんな時になんだよと思いながらもそのメッセージを開けば『僕にチャンスをください』と送られてきている。それを読んだ直後『朝比奈です。中学の時と連絡先変えてないんですね』という文を受信した。
そのチャンスというのが何なのか分からないけれど、それを見ているうちに二人の姿を見失ってしまった。
「クソ、あいつ…!」
そしてまたメッセージの受信音。舌打ちしながらそれを見れば『ここが僕の家です。夕方になったら来てください。双木先輩と話す機会をあげます』の文字と共に住所が添付されていた。
少し上からものを言われているのが気に食わないが、確かにそれなら勇也に避けられることなく話が出来る。
しかし夕方というのはなんなのか。そのチャンスとやらが関わっているのかもしれないが、そんなのを俺が守るとでも思っているのだろうか。
「待ってろよ…」
スマートフォンを握りしめ、一応早退届を提出してから朝比奈の家へ向かった。
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