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第238話Spoil
久しぶり、と言ってもたった二日ぶりだが、見慣れたこの家に帰ってきた。
ハルのことだから家事が手についていないのではと思っていたが、リビングは思ったより片付いている。ここに女が来たのだと思うと気分はあまり良くない。
「あのね、勇也が帰って来ても大丈夫なようにちゃんと部屋の掃除したんだよ」
「掃除って…証拠隠滅?」
少しからかってやるつもりでそう聞くと、ハルは焦った様子を見せて弁明した。
「違う違う帰ってきても大丈夫なようにってそういう意味じゃなくて!その…勇也が、褒めてくれるかなって…」
「分かってる。頑張ったな」
背伸びをしてハルの頭を撫でると、嬉しそうにふわりと笑う。そうしてから、また甘やかしてしまったことに気づいた。
「あ?なんだこれ…」
「あー…それは…その」
振り返った視線の先にあったのは洗濯物だったが、どれも綺麗に真っ白だ。
「まさかお前、漂白剤使った?」
「あれ漂白剤って言うの?」
「…書いてあっただろうが」
「ご、ごめん」
しかしこれもハルが褒めて欲しくてやったのだと思うとどうしようもなく可愛く思えてしまって、相変わらず自分はハルに弱いなと実感した。
「まあいい…まだ完全に許してはねえけど、急に出ていって悪かった」
「俺も今まで同じようなことしてたし、きっと勇也はもっと辛かっただろうから…ごめん」
「あと、嫌いとか…言ったけど、本当は思ってねえから」
これもまた目を逸らしながら言うと、ハルはそわそわしながらこちらに腕を伸ばした。
「抱きしめていい?」
「…勝手にしろ」
優しくハルに抱きしめられて、おずおずと自分もハルの背中に腕を回す。ハルの鼓動は、やけに心を落ち着かせた。
「自分で聞くのもあれなんだけど、どうして勇也は俺なんかのこと見捨てないでくれるの?」
「俺なんかって、お前そんなこと言うやつじゃなかっただろ」
「俺だって自信なくすことくらいあるよ。そもそもそんなに強くないし」
弱気になっているハルを見ていると、駄目だとわかっていても無性に愛でたくなってしまう。
「自分でも趣味悪いと思ってる…なんでお前なんだろうな」
「え、それさり気なく凄い酷いこと言ってない?」
「最近お前に甘くなってる気がするし」
「もっと甘やかしてくれてもいいよ」
そう言ってハルが俺の肩にぐりぐりと頬を擦り寄せてくる。またうっかり頭を撫でてしまいそうになったけれど、戒めるつもりで背中をぎゅっと抓った。
「いった、痛い!なに?」
「あまり調子のんなよ…まだ、許してねえから」
「だからって抓ることないのに…」
ハルは俺の胴体をしっかりとホールドすると、そのままソファに座った。俺は対面する形でハルの上に乗っている状態になる。
お互いの吐息がかかるくらいに距離が近くて、そのハルの大きな瞳に見つめられると固まったように動けなくなった。
「…調子乗んなって言ってんだろ」
「だって充電しないと勇也が足りなくて死んじゃう。この二日でマイナスになった」
「なんだよ充電って」
「あと二日はこうしてないとフル充電できないかも」
そんなことしたら俺の心臓がもたなくて死ぬ。いい加減ハルに慣れてもいい頃なのだけれど、未だに触れ合うだけで変に緊張してしまう。
「二日離れてたくらいでなんだよ」
とは言っても実際自分はこの二日ハルの事ばかり考えていたし、足りていないのは自分の方なのだけれど。
「勇也は寂しくなかったの?」
「…普通」
「素直じゃないんだから」
「お前本当に反省してんのか」
反省してると主張しながら俺の胸へ顔を埋めて甘え始めた。引っペがそうとしても力が強すぎてなかなか離れない。
「…脱いで」
「はぁ?お前やっぱり反省してねえだろ」
「俺と違う匂いがする。だから脱いで」
一瞬意味がわからなくて固まってしまったが、よく考えれば今着ているシャツも朝比奈母が洗ってくれたものなので、なるほど違う匂いがするはずだった。
「おい、勝手に脱がすなバカ!」
暴れるが離してくれる兆しはなく、ワイシャツの前を全て開けられ、そこにまたハルが顔を埋める。もう抵抗するのも面倒になってきて、諦めてハルの頭を軽く撫でた。
「んー…微妙に違う匂いがする」
「そんなん分からねえだろ。お前の方がよっぽど犬みてえだな、噛み付いてくるし…」
「噛んだとこまだ残ってるね。痛い?」
噛み跡の残る首にハルがそっと手を当てたかと思うと、ぬるりと生暖かい舌がそこを這った。
「ひゃっ…」
突然の事で出てしまった声を手で抑えて、ハルの頭を掴んで引き剥がす。
俺の声に驚いたのかハルは目を丸くして俺のことを見つめてくるから、つい目を逸らした。
と思っていたら急にハルが顔を俯かせ始めて、何があったのかと思うと下半身に違和感を感じる。間違いなくハルのものが当たっているのが分かって、熱くなった顔から熱を抜くように呆れた息を漏らした。
「お前ほんっとうに懲りないな…」
「違うんだよ、本当に、これは不可抗力というか、生理現象というかなんというか、その」
顔を上げて言い訳を始めたうるさい口を、自分の口で塞いで黙らせる。こんな風に意表を突くことが出来るのは珍しいから、少し得意げな顔をしてハルから口を離す。
しかし自分のしてしまったことの大胆さがだんだん恥ずかしくなってきて、すぐに顔が熱くなり目線が下がっていった。
「ざ、ざまあみろ…」
伏し目がちにそう言ってみるものの言葉尻はどんどん小さく消えていく。
恥ずかしさのあまりハルから離れようとすると、頭をしっかりと両手で包まれてハルの餌食になった。
行き場に迷っている舌を吸われ、上顎を擽るように舌先で撫でられる。比べてしまう訳では無いけれど、ハルのキスはやはり何かが違くて、全て溶かされそうな程に気持ちがいい。
苦しくなって肩を何度も叩いたが中々離してくれず、息ができなくなったのが余計に気持ちよくて思考が止まってしまいそうになった時ようやくその唇が離された。
お互い肩で息をして、下半身から感じていた熱もより一層増している。
「ごめん、勇也が誘ってきたのかと思って」
「やっぱり反省してねえなお前」
「じゃあなんであんなことしたの?」
「別に…うるさかったから。これ以上何もしねえからな、トイレ行って抜いてこい」
隙を見てハルの上から退き、乱れた衣服を整える。ハルは一人ソファの上で項垂れ、小さく縮こまっていた。
「そんなの生殺しじゃん…意地悪」
「なんか文句あんのか?」
「…無いです」
その返答に満足しその場を離れようとすると、ぐいっと後ろからシャツを引っ張られた。
「なんだよ」
「朝比奈くんと俺のキス、どっちが良かった?」
「は?何聞いてんだお前」
「いいから教えて」
ハルのその目は真剣そのもので、無視するにできない状況だった。良いとか悪いとかそういう以前に、自分がその行為を許す相手はハルだけだ。それはハルだって分かっているはずだったが、今回朝比奈にそれを許しそうになってしまったのは俺の方だ。
腹を括って、恥ずかしさをかき消すためにハルの胸ぐらを掴み耳元に口を寄せる。
「お前に決まってんだろバーカ…」
何か言われる前にハルを突き放して、夕食の準備をするべくキッチンへ立った。
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