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第245話Incredible

騒動から一日が明けた。教室に入って自分の机が無くなっていたらどうすればいいだろうなんて思いながら登校したが、どうやらそれは杞憂であったようだ。 あの時クラス内の人間は皆ハルの話を聞いていたからか、いつも通り普通に過ごすよう努めているように見える。 それでも視線は感じるけれど、嫌な心地はしなかった。 「今日は晴れたね」 「そうだな」 「なんか元気ない?」 「昨日の今日で元気なんて出るわけねえだろ」 ただ教室内で会話を交わしているだけでも、なんとなく周りの意識がこちらに向いているのが分かる。なんとか昼休み前まで持ちこたえたが、移動教室の際上級生から「あ、ホモだ」と 揶揄されたのは流石に耐え難かった。そのときつい睨みつけてしまい相手がそそくさと逃げていったのを見て気づいたが、周りからそこまで強い批判を受けないのは俺が不良生徒だからという理由も含まれているのかもしれない。 「先に屋上行ってる」 「え、ちょっと待ってよこれやったら終わるから」 「上で待ってる」 自分がどことなく学校内でハルと距離をおこうとしているのがハルは不服なようだった。 しかしこればかりは許容してほしい。全てを受け流すことも受け止めることも、まだ俺の未熟な心ではできないのだ。 屋上へ出ると、そこには久しく見ていなかった真田の姿があった。物思いに耽るように、屋上の柵に腕をかけて遠くを見つめている。俺が屋上へ来たことにもどうやら気づいていないようだ。 「真田…?」 「…ああ、双木か。なんか久しぶりだな」 「お前、まだタバコやめてなかったんだな」 「ごめん、ちょっと色々あって」 いつもの真田とは雰囲気が違う。どこか物憂げな表情もそうだが、なにか無理しているように見える。 「具合でも悪いのか?」 「大丈夫だよ。お前も大変だったんだろ?謙太から聞いた」 「ああ、まあ…」 そういえば真田は俺達の関係を知らなかったはずだ。まさかこんな形で知られることになるとは思っていなかったが。 「つーか、謙太が知ってたんだったら俺にも教えてくれれば良かったのに。全然気づかなかった」 「言っていいのか分からなくて…悪い。上杉には自然とバレただけだったし」 「そっか、まあ言いづらいよな」 真田はいつも通りのように笑った。案外すんなり俺達のことを受け入れてくれるものだから、なんとなく自分の中にあった緊張は緩んできていた。 真田の吸っていたタバコの煙が風に流れてきて少し咳き込む。それを見て慌てたようにタバコの火を消した。 「ごめんな、他の奴がいる時は吸わないようにする」 「悪いな…いや、タバコやめねえのかよ」 「俺だってやめたいんだよ本当は。けど一度吸ったら、もう…」 なにか真田に言おうとした瞬間、後ろの扉からハルが勢いよく飛び出してくる。その勢いのまま、俺を倒して屋上の床に押し潰してきた。 「勇也酷いよ先に行くなんて…うわここタバコ臭いんだけど。あれ、聡志いたんだ?」 「うるせえ重いから退け」 「遥人も久しぶりだな。相変わらずお前ら仲いいけど、そっか、そういうことだったんだな」 ハルを引き剥がしながら、どこか元気の無いように見える真田をじっと見つめる。いつもは鬱陶しいくらいに明るいけれど、本当の真田はそうではないのだろうか。いつものアホさが見えないことに少しばかり不安を覚える。 「男同士でも付き合えるのか…そうだよなぁ、だって好きなんだもんな。俺そういう世界があるって全然知らなかった」 「聡志は普通に受け入れてくれるんだね、気持ち悪いと思わないの?」 「なんでだよ、いいじゃん。好きな人と付き合うのって普通だろ」 真田の単純さや純粋さのおかげなのか、その言葉には嘘が無さそうだしとても心が救われる。俺は周りの人間に恵まれている方なのだろう。 そこへ、どこか難しそうな顔をした朝比奈がやってきた。あとに続いて上杉も道着姿のまま現れる。 「あ、真田先輩お久しぶりです」 「久しぶり。朝比奈だっけ?まだそんな話したことなかったよな」 「さっきそこで朝比奈と会って一緒にここまで来た。聡志にも話したと思うが、どうやら写真のことに関して色々調べられたようだ」 俺もハルも若干前のめりになりながら朝比奈の方を見やる。朝比奈は遠慮なしにタバコに火をつけてから話し始めた。 「情報提供するくらいだからあの女と関わりが深い人だと思ってたんですけど、今あの人停学中だし交友関係もそれなりに広いんですよね」 「じゃあ特定できてないってこと?まあ難しいか」 「いや、目処はついてますよ。ただ予想外だったんで。てっきり最初は小笠原遥人被害者の会の面々かと思ってたんですけど」 「待ってなにそれ知らない」 被害者の会というのはハルに弄ばれた女子達のことらしい。最初こそ彼女らが気の毒だと思っていたけれど、今はどうしてもハルは俺のものだという意識が勝ってしまう。そもそも彼女らとハルの関係を完全に絶たせてしまったのは俺のせいでもあるのだが。 「お、その会の人うちのクラスにもいるぜ、すげえ可愛い子」 「そういえばそんな話も聞いたことがあるな…今に始まった話ではないが」 「もういいよその話は、何回刺されるの俺」 「またハルが刺されても今度は自業自得だからな」 二年生内で勝手に話が盛り上がる中、朝比奈が仕切り直しとばかりに大きく咳き込んだ。 「多分、僕と同じクラスにいます。その犯人…って言っていいのか分からないんですけど」 「え?でも一年生なのになんで去年の写真…」 「ここは進学校で厳しいですからね、出席日数足りなかったり成績不振だったりすれば普通に留年します」 そんな生徒がいるのかと頭の中で考えるが、元々人と関わりがないものだから皆目検討もつかない。 「そうだな、聡志も危なかった」 「うるせー、今関係ないし」 「それで結局誰なの?」 皆が朝比奈の方に注目する。知っている人間であるかは定かでないが、去年まで同じ学年だったのだから誰かしら知っているだろう。 「去年まで皆さんと同じ学年だった、写真部の生徒です」 「誰それ、知らない。そんな奴いなくない?」 ハルのその即答に、その場にいた全員が呆れてため息をついた。

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