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第246話Incredible②
「出席日数が足りず留年して現在一年生。写真部に入っていて部長をやってます」
「俺もわかんねえけどな〜双木は?」
「俺も知らない。そもそも写真部とかあるのかこの学校」
「なんで誰も知らないんですか!」
そうは言われても、一番交友関係が広いであろう真田やハルが知らないのなら俺が知っているはずがないだろう。
「名前は?まずはそれ教えてよ」
「確か…滝川とか、そんな」
「…やっぱり知らないや」
「ああ、その名前なら知っているかもしれない」
上杉の言葉に全員が驚く。失礼だが上杉は俺と同じかそれ以上に人と関わっていないから、勝手に剣道部員とクラスメイトの名前くらいしか知らないものだと思っていた。
「まじ?なんで謙太が知ってんだよ」
「隣のクラス…小笠原と同じクラスだったと思うが」
「え、そうなの?…もしかしてずっと来てなかった人かな?完全な不登校だと思ってたけど」
同じクラスだった人間の名前まで忘れるなんて、ハルの他人に対する興味の無さはやはり異常だ。
「まあでも授業には一回も出てなかったらしいんで無理もないと思いますけど…クラスメイトなのに」
「下の名前は?それ聞いたら思い出すかも」
「滝川…滝川一誠、だったと思います」
「カズナリ…?うーんやっぱり分かんない」
俺でさえ話したことのないクラスメイトでも名前くらいならぼんやりと分かる。それでも分からないということは、本当にほとんど学校に来ていなかったのだろうか。
「俺は去年剣道部の知り合いから、滝川という生徒が春からずっと不登校だという話を聞いた。それであの写真を撮るのは不可能なんじゃないか?」
「あ〜確かに謙太の言う通りだな。どうなの朝比奈?」
「いや、滝川は…学校にずっと来てました」
「でも俺一回も見たことないし顔知らないよ?」
不登校なのに学校に来ていたとはどういうことだろう。保健室登校でもしていたのだろうか。けれど今まで保健室に行って先客がいるのをあまり見たことがない。
「写真部の部室にずっと篭ってるんですよ」
「そんなのいいの?よく留年だけで済んだね」
「しかし、何故その滝川だと思ったんだ?話したことがあるのか?」
朝比奈は少し目線を外して言いづらそう顔をしながら小さな声で続けた。
「一回だけ会ったことはありますけど…実は彼、この学校の裏サイトで写真売ってるんですよ」
「へぇ〜そんなのあるんだな。でもなんでそれを朝比奈が知ってんの?」
「もしかして朝比奈くん、そこで写真買った?」
ハルがじとりと朝比奈を見つめると、更に視線を泳がせていく。まずそんなサイトがあったことすら驚きだが、朝比奈は一体そこで何の写真を買ったのだろう。
「文化祭の写真を少し……まあそんなことはどうでもいいんですよ、あのサイトは結構特殊なんです」
「特殊、とはつまりどういうことだ?」
「そのサイトでそのまま写真が売られてるわけじゃなくて、サイトのフォームに欲しい写真の内容を書き込んでメールを送るんです。その後依頼が可能かどうか、枚数や詳細の確認メールがきて、指定された場所で直接取り引きすることになってます」
いまいちそのシステムの全容はよく分からないが、朝比奈は随分詳しいようだ。そもそもそんな事をして法に触れないのかとか、教師の目に触れないのかだとか気になる点は山ほどある。
しかしそんなことを言ったらハルだってギリギリの事をしているし、上杉や真田の親だって普通ではない。時々忘れそうになるが俺の周りは特殊な奴らばかりだ。
「その裏サイトをあの女が使ってたっていう証拠はあんの?」
「それは滝川本人に聞けばいいかと…そもそも決定的なのは、例の写真の方です」
そう言って朝比奈はスマートフォンを取り出して例の写真を表示した画面を見せてきた。くしゃりと丸められた跡があるから、恐らく捨てたものを回収したのだろう。
「写真自体は処分したんで心配しないでくださいね、こんな写真見たくねえし」
「それでなんなんだ、決定的なのって」
俺が急かすように言うと、二本の指で画面を拡大してまた皆に見えるように掲げた。
「この写真の角度とか、位置とか。先輩達がいたのは裏庭でしょうけど…学校の地理的に考えると、裏庭が見えるのは剣道場、屋上、あとは特別棟の端の教室です」
「屋上は俺達がいつもいるから違うよな?」
「剣道場では逆に近すぎて写真など撮っていたらすぐにバレてしまうだろうな」
「そこなんですよ。特別棟の端の教室で部室として使われてるのは写真部くらいなんです。角度はドンピシャですし、いいカメラ使えば少しくらい距離があってもズームして綺麗に撮れますからね」
その完璧な調査結果に、皆感心して思わず口が半開きになる。まだ学校に入ったばかりの一年生とは思えない働きっぷりに、ついつい拍手を送りたくなってしまうほどだった。
「そこまでして調べてくれてありがとうな、よくやった」
ハルにしていたときの癖で腕を伸ばして朝比奈の頭を撫でてしまった。ハッとしてすぐに手を引くが、ハルの視線が痛いほどに刺さる。一方朝比奈は目を丸くしたまま静止していた。
「え、へへ…って何勝手に撫でてるんですか!ガキ扱いすんな!」
「朝比奈くん、ちょっと歯食いしばって」
「やめろよ遥人、大人気ないな〜」
情報提供した元が分かったものの、そのシステムと今回の件について少し違和感を覚えたのだがこれはなんだろう。一つ気になることがある。
「なあ、女がその依頼をしたのは多分最近だよな。じゃあなんで依頼を受けてから新しい写真を撮らなかったんだ?」
「ああ、確かにそうですね…去年この写真を撮ったまま保管してたってことになりますし」
「俺達のことを言いふらすでもなく写真だけ撮って持ってたんだ…その滝川って人、何がしたかったんだろうね」
「もしかしたら、遥人と双木の写真まだ持ってんじゃねえのそいつ」
確かに真田の言う通りだ。どういうつもりかは知らないが、滝川が俺達の写真を他にも持っているとなると面倒な事になりかねない。ただでさえ今は俺達のことが学校で噂になっているのに、裏サイトにアクセスされて写真を掘り起こされたらこの上なく困る。
写真を撮られて困るようなことをしていなければ良かったのだけれど、思い当たるだけでも何度か校内でしてはいけないことをしていた気がする。
自業自得というか、ほぼハルのせいだ。
「けどその滝川に会えないと何も始まらないじゃん。本当に学校きてんの?」
「基本的にはずっと写真部の部室にいるみたいです。あとは写真撮りにフラッと出掛けてるところ目撃した人もいるみたいですけど」
「随分と自由人なんだな…」
それならハルが知らないのも自然なことなのかもしれない。尚更どんな人物なのか気になるし、俺達の事についてどう思っているのかだとか不安なことも山積みにある。
まずは会ってみる他ないのだろうか。しかし毎日学校には来ているのならそう焦る必要は無いだろう。ここは様子を見ながら慎重に__
「よし!じゃあ写真部の部室乗り込もうぜ!こういうのってワクワクするよな!」
「もう、遊びじゃないんだよ。まあ俺も一回そいつシメないと気が済まないけど」
「はぁ…皆さん元気ですね。まあいいですけど」
朝比奈が手に持っていたタバコの火を消して屋上から出ようとすると、上杉までそれについて皆出ていってしまった。俺は慌てて追いかける。こんな人数で押しかけて大丈夫なものなのだろうか。
周りの空気に流されるまま、ついに問題の写真部の前まで来てしまっていた。
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