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第247話Incredible③

写真部の部室は、教室とは別にあるこじんまりとした個室のような場所だった。もしかしたら昔は何か違う用途で使うように用意されていた部屋なのかもしれない。 それにしたって、一人しかいないこの部活のために教師はわざわざ部室を設けるのだろうか。しかも全く授業に出ていない生徒ときた。ますますその存在は謎が深まるばかりだ。 「誰もいないようだな」 「これ勝手に入っていいのかな、怒られたりしねえ?」 ノックをしたが返事がないので中へ入ってみると人の気配はなく、どうやら今は退席中のようだ。部屋の中には数台のカメラと数え切れないほどのファイルやプリンターらしきものが置いてあった。思っていたよりか整頓されていている。 「なーにしてんの、入部希望?」 後ろから聞こえてきた声に全員が振り返る。そこにいるのが恐らく滝川一誠なのであろう。 背は俺より高いがひょろっとしていて細い。かけているメガネの下には気だるげに垂れてクマのできた目がある。また人のことは言えないのだがTシャツに制服のズボンという校則を破った服装をしている。ピアスこそ空いていないが、オレンジにも近い明るい髪はおそらく染めたのだろう。 それなりに目立つこの男を学校内で見たことは無い。ここに篭っているというのは本当のようだ。 「お前が滝川?あのクソアマに写真売っただろ、吐けよほら」 いきなり喧嘩腰のハルに対して、滝川は何故か慌てたように首から下げていたカメラを構えた。 「小笠原遥人じゃん!うわーこんな接写できること滅多にないよ」 「は…?」 「この人、話全然聞かないんですよ。会話試みても難しいと思います」 ハルが何か言おうとするも、滝川はしばらくパシャパシャと写真を撮り続ける。耐えかねたハルがレンズを掴んでようやく撮影を中断した。 「なにするんだよ、指紋ついちゃうだろ」 「その前にお前は俺の話聞けよ、ていうか写真撮らないでくれる?」 「悪い悪い、お前あまりにも顔が良いからつい。被写体としての才能あるよね」 「話聞けって言ってんだろ…なんなのお前本当に」 ハルを振り回すとは中々な奴だ。今も尚ハルの話を聞き流しながらカメラのレンズをクロスで拭いている。そんな滝川をじっと眺めていると、ふと顔を上げたそいつと目が合ってしまった。 「あれ、双木勇也もいるじゃんラッキー!え、何しに来たのおまえら」 「お前に聞きたいことがあって来たの、いいから話を聞け」 「あ、そうなの?中そんなに広くないから入るなら二人くらいにしてくれない?できれば小笠原と双木がいいけど」 五人で呆れて顔を見合わせ、視線で会話をする。結果真田、上杉、朝比奈の三人は部屋の前で待機ということになった。 「いやー二人セットで見れるなんて思ってなかったわ。てか俺のこと知ってるんだね。あ、なんか飲む?ストック麦茶くらいしかないけどなんなら買ってこようか?」 「いいんだよそういうのは…俺達はただ話がしたいだけなの」 「あれ、そういえば小笠原ってそんな乱暴な喋り方だったっけ?まあいいけど、双木はなんか飲む?」 「いらない…」 いらないと言ったにも関わらず滝川はそれを聞かずに冷蔵庫から取り出した麦茶を俺達の前に差し出す。こちらが何か聞く前に勝手にペラペラと話し始めた。 「ていうか、よくこの部室分かったね。全然人来ないのに。まあ新入部員は別に募集してないんだけどね、これは仕事だし。ああそれで二人とも何しに来たの?」 こいつの話を聞いているだけでこっちが疲れる。話が通じないせいで聞きたいこともなかなか聞けない。 「だから、あのクソアマに写真売ったのかって聞いてんの」 「クソアマ…?女なんて皆クソばっかだからなぁ…ていうか二人はどこで俺のこと知ったの?」 「それは朝比奈くんっていう後輩に聞いて…って話変えんなよ」 「あ〜ジュリエットもとい双木勇也の熱狂的なファンだろ?そういえばこの前もお二人さんの写真頼まれたわ」 ジュリエットという言葉にハルが首を傾げる。そういえばジュリエットと朝比奈の関係性については、ハルは全く知らないのだった。 「つか、お前なんで俺がジュリエットだって知って…」 「文化祭でジュリエットが現れた瞬間サイトに凄い数の問い合わせが来たわけよ。それでまあ俺は女に興味ないけど綺麗なものは好きだし仕方なく撮り続けてたら、他の役者がジュリエットのこと双木って呼んでるの聞いちゃってさ」 撮られているだなんて全く気づかなかった。ということは、朝比奈が買っていた写真というのはジュリエットのことだったのか。 「俺は優しいから正体をバラすなんてナンセンスなことはせずにジュリエットの写真を売り捌いてたわけだけど、そっからどうしても双木勇也に興味が湧いて仕方なくって」 「勝手に勇也の写真売らないでくれる?」 「お〜独占欲むき出し、いいねいいね」 滝川はまたカメラを構えてハルの顔を撮り始める。その様子にハルはもうものも言えないようだった。 「あーほんとむかつく…ていうか、なんでお前学校来てないの?留年するくらいなら辞めればいいのに」 「テストはちゃんと受けてるんだ〜、俺頭いいしね 」 「じゃあ尚更意味わからない、写真撮るために学校きてんの?」 「そうだね、商売するために来てるんだよ、俺は」 自分が話す隙がなかなか無いので、黙ったままハルの隣で麦茶を啜る。思ったよりも冷えていて美味しい。 「普通に盗撮だけどねお前がしてるの」 「けど需要が高いのは事実だよ。結構稼げるんだ」 「授業受けずにそんなことばっかやってんの?頭いいとかいうのも疑わしいし」 「ほんとほんと、俺、去年テスト1位だったから」 てっきりハルが1位だとばかり思っていたから、それには俺も少し顔を上げて反応してしまった。 「ハル、お前去年何位だったんだ」 「俺?2位とか3位とか…大抵5位以内には入ってたけど。国語と家庭科あんま取れてなくて」 「え、なに、ハルって呼んでるの?!あ〜今のは動画が良かったな」 滝川は一人楽しそうにまたカメラを向けてくる。もう止める気にもなれない。本当にこんな奴が1位を取ったというのだろうか。 そしてカメラを置くと、今度は机の引き出しから何枚かの紙を引っ張り出してきた。そして突きつけられたそれはテストの結果を表す用紙で、どれも高得点、順位は1位である。もちろん右上にはしっかりと滝川一誠の名前が書かれている。 「こんな優秀な俺がどうしてこの学校で授業を受けてないのかって?元々この学校に入る予定もなかったし、とにかく金が必要だったからさ」 「いや、誰も聞いてないから」 「本当は私立の男子校に推薦入学が決まってたんだけどね〜…どっかの大して頭も良くない金持ちが金積んで掻っ攫っていったんだよ」 「ああ、まあよくある話だよね…」 よくある話なのだろうか。そういえばハルの兄も私立の男子校に通っていると聞いたことがある。俺のような庶民には縁のない話だが。 「まぁここでは援助もクソもないし、得意なカメラでひと稼ぎしてやろうと思ったら予想以上に大盛況。テストで点数とってりゃ文句言われないし、まあ授業にでてないから留年したんだけどね」 「へぇ〜結構大変なんだ…って本題から逸れてるんだけど」 「あ〜ごめん、クソアマがなんだっけ?」 ハルは深くため息をついて、滝川の胸ぐらをつかむ勢いで詰め寄った。 「だから、あのクソアマに俺達の写真を売ったのかって!」 「君らの写真?ああ、たしかに売ったね」 「…やっぱり。まだ他にも持ってるならこっちに渡してほしい」 「それは無理な話だね。こっちは前から狙ってずっと撮ってたんだ。どちらかと言うと個人で鑑賞する用の方が多いしね」 なかなか難攻不落だなと思っていると、ハルが急にバッグを漁り始め、何かを机の上に叩きつけた。

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