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第248話Incredible④
ハルが机の上に叩きつけたのはカードだった。しかも、黒い色をした。本物を今この目で初めて見た。といっても、元の稼ぎは全てハルの父にあるのだが。
「じゃあそれ全部買い取る」
「全部…?何枚あるか分からないけど」
「いいよ別に、あとついでに勇也の写真も全部俺が買い取る」
「ま、まあ…対価を払ってくれるならいいけど」
いいのかよ。というかハルの方もそんな話を持ち出してしまっていいのだろうか。何枚あるかもよくわからないものだというのに、そんな気軽にすべて買い取るなんて。
「それと、これ以降勇也の写真は撮らないでほしい」
「それは流石に無理!」
「無理ってなんだよ、そもそも俺達のこといつから気づいてた?」
「例のクソアマさんに売った写真撮った頃だから…去年の冬?」
よりによってそこを撮られてしまったのか。それにしたって男同士があんなことをしているのを撮って何が楽しいというのだろう。ただ面白さに馬鹿にされているだけなのだろうか。
「何、お前は俺達のこと馬鹿にして楽しんでるってことかよ」
「違うよ、それは断じて違う!俺はただ美しいものを撮っていたいだけだ!」
「美しいもの…?」
俺とハルの声が重なる。美しいものというのはハルの顔のことだろうか。それならいくらでも頷けるのだが、まさか俺達の関係のことを言っているのか?
「まあ確かに、小笠原遥人単体だとか双木勇也単体の依頼もかなり多かったよ。もともと二人ともタイプの違うルックスの良さがあったしね。けど俺はあの写真を撮った日に気づいたんだよ、その二人が付き合ってるんだとしたら被写体として最高のものになるんじゃないかって」
また一息に長いセリフをつらつらと並べられ、それを俺とハルは呆然としながら聞くしかなかった。まさかそんな特殊な人間がいるなんて思いもしなかったからだ。
「まあそもそも俺は女なんてどうでもいいと思ってるからね。女のいる教室にもわざわざ入りたくないし。小笠原遥人も女たらしで有名だったからいい印象は無かったけど双木勇也とデキてるっていうんなら話は別だよね」
「な、何がそんなにいいわけ…?」
「単純に美しい、ていうか萌える」
「萌え…ってなんだ?燃えんの?」
ハルの裾を引っ張って小声でそう聞くと、ハルは説明に困ったように唸り、対面していた滝川は口元を抑えて咳き込み始めた。
「そういうとこだよ、本当に…お前達尊い…」
「勇也、こいつ思ってたよりヤバイよ」
「小笠原遥人が実は口が悪いのも双木勇也が思いの外大人しいのもいい要素だ」
「…もしかして、今回の騒動のことも知らないの?」
騒動と聞いても全くピンと来ていないような顔をしている。この部屋から殆ど出ていないせいで今回のことについて何も知らないのだろうか。
「騒動って…なんかあったの?」
「あのクソアマ…つーかお前の写真が原因で俺達のこと学校全体にバレたんだよ」
「はぁ?くっそ〜やられた。基本俺の写真はそういう流用は控えてもらってるのに、こんなの契約違反だっつーの」
机の前の椅子に腰掛けた滝川は、その椅子でくるくると回りながら何かを嘆いている。あの女が違反だかなんだか知らないけれど、もう皆に見られてしまったものはどうにも出来ない。
「その…だから、俺達はこれ以上写真を広められたくねえんだよ、頼む」
イラついているハルの横で滝川に向かって頭を下げる。これだけ言えば納得してくれるはずだと思っていると、またパシャリとシャッターを着る音が聞こえた。
「本当に懲りないな…勇也の写真撮るな」
「だってなんか可愛いんだもんこいつ」
「…可愛いって言うな」
ハル以外にそんなことを言われるだなんて思っていなかった。けれどやはり俺は男だし、そう言われても嬉しくない。ハルに言われるならまだしも。
「勇也が可愛いのは百も承知なんだよ、けどお前が言うな」
「あ〜なに、小笠原のほうがベタ惚れなんだ」
怒っているハルを目の前にしてここまでヘラヘラすることが出来るのも大したものだ。いや、むしろこいつはハルが怒っていることにすら気づいていないのか。またも懲りずに怒ったハルの顔を写真に収めている。
「別に…そういう訳じゃないけど」
しまった。言おうと思っていた訳では無いのに思っていたことがそのまま口から出てきてしまっていた。滝川は相変わらずニヤニヤとこちらを眺めてくるし、ハルに至っては硬直したまま俺のことを見つめたままだ。
「いや〜お熱いね。益々興味出ちゃうなぁ」
「うるっせえ!そういう意味じゃ、ねえし…」
思わず俺も滝川の胸ぐらを掴むと、流石に動揺したのかカメラを守るようにぎゅっと抱きしめていた。かくいう俺は自分の言葉に自信が無くなり語気が弱くなっていく。
「何その顔、あ〜撮りたいな…」
「あーもう!勇也の写真撮るなら全部俺が買い取る。それで他の人には売らないって約束してくれる?」
「うーん…金額によっては考えておくよ」
「考えておくって…それじゃ困るんだけど」
ハルがさらに抗議を続けようとすると、運悪く昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。それと同時に扉の向こうから朝比奈の声が聞こえてくる。
「お二人共大丈夫ですかー?」
まだ話の決着はついていないが、あまり授業をサボりすぎるのも良くない。ハルは大きなため息をついて、俺の腕を引きながら扉を開けた。
「また日を改めて来るから。じゃあね、滝川クン」
怒っているからなのか普段の猫をかぶっている時のハルの笑顔を貼り付けて、額に筋を浮かべたままひらひらと手を振りそう吐き捨てた。
滝川本人はやはり気づいていないようだが、俺にはその怒りがひしひしと伝わってくる。
「小笠原、遅かったな。話の決着はついたのか?」
「思ってた倍は面倒臭いやつだった。一応はなんとかなる…といいけど」
「ハル、次体育…」
「うん、分かった行こう。ごめんねみんな待たせて。朝比奈くんは情報ありがとう、また明日話してみるよ」
一行の方を一瞥し、小走りで教室へ戻る。元々体育の授業はあまり出ていなかったのだけれど、そのせいで去年の内申が少し危なかったので、二年生になってからは半ば無理矢理出されていた。
「うわ、教室もう誰もいないじゃん」
「まだ時間あるし、多分間に合うだろ。なんならサボっても…」
「ダメ。勇也体育全般得意でしょ?ちゃんとやらなきゃ滝川くんみたいになるよ」
それは嫌だななんて思いながら、着ていた制服を脱いでジャージに着替える。暑いからあまり長袖は着たくないのだけれど、ハルが異常に俺の日焼けを気にするからしたのジャージは毎回長いものを履かされていた。
最近まで梅雨真最中という天気だったのに急に太陽の照りつけるような暑さに変わってしまったから、ハルの許可を得て上のジャージだけは着ずに体育の授業を受けている。
「腕、日焼け止め塗るよ」
「ん…別にいいっつってんのに」
腕に塗られた日焼け止めは少し冷たくて、自分の腕を包むハルの手の冷たさも相まって気持ちよかった。
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