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第255話Before Summer②
「流石にそれは言っていることが滅茶苦茶ではないか、小笠原」
ようやく突っ込んでくれたのは上杉だった。けれどハル本人は自分でおかしなことを言った自覚がないような顔さえしている。何がおかしいのかと言わんばかりの表情だ。
「だから、俺達の写真を撮るだけだったらそれ全部俺が買い取るって言ってるの」
「俺が言うのもあれだけど、正気?そんな安くないからね」
「いいよ別に。個人的に勇也の写真欲しいし、俺が買い取るんだったら他には出回らないしさ。君だって写真撮るの好きなんでしょ?だからそれすら奪おうとは思ってないよ。けど裏サイトなんてバレたら面倒なんだからもうやめな」
つまり滝川は今後裏の商売を辞め、俺達だけの写真を撮るようにすると。そしてそれは全てハルが買い取ることになるのだろうか。相変わらず突飛な考えだ。
「けど…そんな…」
「何遠慮してんの、それなりの好条件でしょ」
「いや、単純にそれだと稼ぎが減るというか…まあムラはなくなるだろうけど」
滝川も滝川でなんとなくズレている。よっぽど稼がなければならない理由があるのだろう。
「写真は好きなだけ撮りなよ。君の写真、随分良く撮れてるし」
「まあ…それでも、いいか…うん、ありがとう。サイトは近いうちに消すよ」
「えっ消しちゃうんですか」
うっかりそう零した朝比奈に視線が集まる。現状をあまり把握出来ていない真田が朝比奈に疑問を投げかけた。
「消えたら朝比奈は困んの?」
「あっいや…別に大丈夫です。そうですね、学校側にバレたら留年どころが退学にもなり兼ねないですし」
「ま〜そうだよな、そのサイトこの前初めて知ったけど。俺達もタバコだけバレないようにしなきゃな、朝比奈」
あの様子からするとかなり頻繁にサイトを利用していたのだろうか。ジュリエットの写真がそんなに数あるとは思えないが、サイトが消えれば俺の黒歴史も拡散されずに済むだろう。
「色々迷惑かけてごめんね。今年は留年しないように頑張るよ。クラス行ける気がしないけど」
「そういえば、なんで滝川さん…滝川くん?はクラス来ないんですか?」
「だってここ共学じゃん、俺女子ダメなんだよね。ただでさえ歳違って友達いないし、ボッチが女子のいる場所に放り込まれるのはきついわ」
なるほど、滝川が男子校に通おうとしていた理由はそこにあったのか。俺もあまり得意ではないが、それでクラスに行けないということは相当の女嫌いなのだろうか。
「朝比奈がせっかく同じクラスなのだから一緒にいてやったらどうだ?これも何かの縁だろう」
「上杉先輩急に喋ったと思ったら…僕だって、その…あんまり友達とか、いないし」
朝比奈の母の話を思い出す。朝比奈もこの学校にはあまり馴染めているとは言えない状況だ。
「俺は嬉しいよ、朝比奈が友達になってくれたら。まぁ全然好みではないけど」
「はぁ?!そんなこと言われる筋合いねえよ!」
「良かったね朝比奈くん、同じクラスの友達ができて」
余計なお世話だと文句をぶつぶつと呟いているが、実際朝比奈はどこか嬉しそうだ。顔に出やすいタイプなのもあるのだろうが、そことなく出ている嬉しそうなオーラを隠せていない。
なんだかんだ言って朝比奈は面倒見のいいタイプだし、厄介そうな滝川の扱いもうまくできるのではないだろうか。
「皆して面倒事押し付けやがって…大人気ないですよ」
「まあまあ仲良くしようじゃないか、クラスではよろしくね朝比奈」
滝川は鬱陶しく笑ってそう言うと、ひらひらと手を振って背を向けた。
「どこ行くんだよ、この後授業…」
「今日はまだいいでしょ、俺のペースでやらせて。サイト関連で作業も残ってるし、いくら君達と言えど俺は基本人とつるみたくないから。明日から授業出るよ、バイバイ〜」
言葉の通りマイペースな奴だ。あれで頭がいいのだから人はよく分からない。ハルには二物も三物も与えているし、天の配分がおかしいのではないだろうか。
「まあ、どうせテスト終わったらすぐ夏休みだし。朝比奈くんならなんだかんだ言って上手くやってくれるんじゃない」
「…俺もそう思う」
俺がハルに同調すると、真田と朝比奈の声が重なって「あ」となにか思い出したような音が聞こえた。
「待ってください、テストっていつからですか」
「え、待って俺も知りたい俺も!」
「お前達…テスト期間だから今は部活がないという話をこの前から俺がしていただろう」
俺も上杉がそう言っていたのを覚えているし、その話をしていた時二人が同じ場所にいて同じ話を聞いていたことは確かだ。
授業でもアナウンスされるはずだからまさかとは思うが、知らないとでも言うのだろうか。
「テスト期間…って、じゃあ一週間切ってるってことですか」
「あれ?テスト期間って一週間前からだっけか?じゃああと何日だ?」
「まじかお前ら…期末三日後だぞ」
それを聞いて朝比奈は頭を抱え、真田は目にも止まらぬ早さで俺達の前に土下座し始めた。
「今回も…よろしくお願い致します」
「聡志…今年は文系になったんだから自力でやりなよ」
「数IIという強敵がいまして…お願いします!小笠原様!」
なるほど、文系でもまだ二年生のうちは数学があるのか。それにしたってテスト三日前になってまだ勉強していないというのは完全なる自業自得なのだが。
「え〜俺にメリットないもんだって。それに中間の時は何も言わなかったじゃん」
「聡志は中間の数学で12点という脅威の点数を叩き出したんだ。だから俺も今回は大丈夫なのかと何度も声をかけていたのだが…」
ハルは頭の上にハテナが浮かんでいるのが見えそうなほど首を傾げている。12点などという数字が理解できないのだろう。
「お願い遥人!このままだと赤評ついちまう!数学だけでもいい…教えてくれたら一肌脱ぐから!双木が!」
「俺かよ、勝手なこと言うな」
「しょうがないな〜今回だけだよ?」
「おい!」
しかしまあ数学を教えるのはハルが適任だし、今回も数学だけならなんとかなるはずだろう。未だに黙っている朝比奈の方に目をやると、完全に無と化していた。
「朝比奈、流石にお前は聡志程ではないだろう?今ならなんとか勉強して間に合わせれば大丈夫だ」
「上杉先輩、甘く見ないでください。必死こいて勉強してぎりぎりこの学校受かったんですよ僕は」
何が甘く見ないでくださいだ。全くもって自慢でも何にもなっていない。どこか謎の自信に満ち溢れている。
「中間で赤点とってなきゃ大丈夫だろ」
「…やっぱりそうですよね。赤点五個ってまずいですか?」
「は…?」
赤点五個。まさか真田を上回る馬鹿がここにいたとは思わなかった。こいつも真田と同じく受験勉強だけ頑張って合格したら何もしないタイプの人間のようだ。
頭を抱えたいのはこっちの方なのに、朝比奈は小さくどうしようと呟いている。
「…ハルは真田に教えるので手一杯だと思うし、俺が教えてやってもいいけど」
「いいんですか?!そういえば、双木先輩も頭いいんでしたね…二中の狂犬のくせに」
「一言多いんだよお前は」
「いいんじゃないか。俺は自主練もあるから中々他人の勉強は手伝えないしな。双木も小笠原も頑張ってくれ」
ハルは俺が朝比奈に勉強を教えることについて否定的だったが、真田に勉強を教えたらさっき真田が言った通り俺が一肌脱ぐと宥めたところなんとか落ち着いた。
こうして、朝比奈と真田にとっての地獄の様な三日間が始まったのだった。
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