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第261話Fireworks

いよいよ花火大会当日。午前中から俺はそわそわしてしまい何度もそれをハルに指摘されては笑われた。 午後5時ごろに家を出ることになっていたので、4時になってから支度を始める。相変わらず浴衣の着付けはハルがしてくれたので、俺はされるがままだった。 「髪の毛、どう?」 「…変じゃねえ?」 「ううん、凄くかわ…かっこいいよ」 珍しく髪の毛のセットまでハルが施した。慣れないから違和感はあるものの、これから花火大会に行くのだという気持ちが高まって、鼻歌でも歌ってしまいそうなほど浮かれていた。 「お前は…ムカつくくらい似合ってんな」 「そう?ありがと」 正直このハルを他人の目に触れさせたくない。なんて、まるでハルみたいなことを思ってしまう。自分の恋人はこんなにも格好いい。好きという気持ちが溢れ出して止まらないようであった。 「そろそろ出ようか」 夕方だというのに外は蒸し暑い。初めて履いた雪駄は思っていたよりも歩きやすかった。 親子連れや小学生の団体なんかも花火大会の会場へ向かって歩いている。勿論その中にはカップルも沢山いて、少しずつ緊張が高まってきてしまった。 「人多くなってきたから手繋ごう」 「あ、いや、でも…」 「大丈夫。危ないからちゃんと前見て」 花火が打ち上がるのは7時から。それまでは屋台を見て回ることにしていた。会場である川辺の広場に着き、手を繋いだまま人混みを掻き分けていく。 「あ、りんご飴」 「並ぶか」 早速入口付近にあったりんご飴の屋台の列へ並ぶ。並んでいるのは小学生や女子高生が殆どだった。 列が進みようやくりんご飴が見えてくると、それと同時に見慣れた色のオレンジ頭とピアスだらけのあいつが見えた。しかも客という訳ではなく、どう見ても屋台でりんご飴を売っている。 「あっれぇ、奇遇ですね先輩方」 俺達の番になると、わざとらしく眼光の鋭い朝比奈が大きな声を出した。幸い後ろに人は並んでいなかったから周りの迷惑にはならなかったが、俺達は分かりやすく顔をひきつらせてしまう。 「何やってんの二人とも、こんなとこで…」 「俺、夏はこういう屋台のバイトもやってんの。今日はヒナちゃんがお手伝い」 「双木先輩は浴衣なんか着ちゃって柄にもなくめちゃくちゃ楽しんでるじゃないですか」 「ちょっと待って俺も着てるんだけど」 楽しんでいることは否定出来ない。やはりハルとは違って似合わないのだろうか。この金髪のせいもあるかもしれないが、ハルと並ぶと余計自分の似合わなさが引き立つ気がする。 「やっぱり、変…だよな」 「別に…変とか1ミリも言ってませんけど」 「変じゃないよ、勇也は可愛いよ」 「…やっぱり全然似合ってないです」 ハルは俺が何を着たってそう言うから信用するに足りない。けれど、最近は可愛いと言われるのもそこまで嫌じゃない。言われるのはハルに限るが。 「はい、じゃありんご飴二つで600円ね」 「カード使えないのか、ごめん細かいの無い」 「屋台で一万円札出す人初めて見たんですけど…」 大量のお釣りを受け取って、ハルがそれを薄い財布に一生懸命入れる。 「朝比奈、こいつの財布そんなに小銭入らねえから札で渡してやれよ」 「そんな財布で来るほうが悪いんですよ」 「俺が羨ましいからってそんな意地悪しなくていいのにね〜」 一体何が羨ましいのかよく分からない。朝比奈もりんご飴を食べたいのだろうか。 「そういや、なんでお前今日は顔隠してないんだ?」 「こっちの方が高校の奴が来てもバレないからです。まあ、滝川と一緒にいてもこいつの顔覚えてる人まだそんないないですし」 「ヒナちゃん最初はすごく嫌がってたのに、多分小笠原遥人と双木勇也も来るよって言ったら簡単に…」 滝川の口を朝比奈が慌てて手で塞ぎ黙らせる。丁度後ろに小さな女の子が並ぼうとしていたため、俺とハルはりんご飴を手にその場から離れた。 「後で休憩入ったらお前らのこと邪魔しに行くから〜!」 滝川の声が屋台の方から聞こえる。二人きりになれると思っていたけれど、地元となるとそれもなかなか難しそうだ。 花火大会があることを教えてくれた真田も来ている気がしてならない。というか来ると言っていた気がする。 「…浴衣って結構歩きづらいのな」 「そうだね、あまり足開けないし転ばないように気をつけて」 「奇襲かけられたら応戦できねえ」 「そんな物騒なこと言っちゃダメだよ」 前まではその物騒なことが頻繁に起きているのが日常だった。今思えば学校同士で喧嘩なんていうのも懐かしい。未だに俺とハルは他校からの恨みを買われているに違いないが、喧嘩をふっかけられるようなこともめっきり減っていた。 平和に越したことはないが、自分の腕が鈍っていないかは少し気になる。 『遥人!』 どこからか女の声でハルを呼ぶ声がして辺りを見回す。すると声の主の女子に続き、十人以上はいるであろう女子集団が浴衣姿で立っていた。そのあまりの威圧感に俺は少し戦いてしまう。下手なヤンキー集団よりもずっと怖い。 「な、なんでしょうか」 『私達が何だかわかる?』 「…その、俺が迷惑かけた人達…?」 なるほど、つまりここにいるのは『小笠原遥人被害者の会』の皆様という訳だ。正直こればかりはハルが刺されても俺はなんとも言えない。 少し距離を取ろうと離れるのを試みたが、ハルにしっかりと手を握られてその場を動くことが出来ない。 『ふうん、双木くんと付き合ってるってマジだったんだ』 『本当だ…手まで繋いでる。私繋いだことないのに』 「えっと…一体、俺に何の用でしょうか」 これだけ言われたのにハルは繋いだ手を離さない。俺は耐えられず下を向いてしまった。 『…私達話し合ったんだけど、遥人の本命が双木くんならフラれるのもしょうがなかったのかなって。やっと腑に落ちたの』 「…といいますと?」 『遥人のことは気に食わないけど、ストレートじゃないって知らなかったし…あんた達のことは応援したげるって言ってんの』 まあ、ハルに関してはどちらかと言うとストレートに近いのだが。被害者の会の面々は自分が振られた理由をハルが同性愛者であったからだと思い込んでいるのだろう。そこは不幸中の幸いとでも言うべきか。 それにしても案外支持してくれる女子がいるようだ。それがどういう感情なのかとか、本当は俺達のことをどう思っているかとか気になることはまだある。けれど、この現状は少し喜ばしくもあると思った。 『とりあえずそれだけだから。ウチら皆遥人よりいい男絶対見つけるからね!』 『花火大会楽しみなよ!』 『浴衣似合いすぎてウザイ!』 これが本当のマシンガントークというものか。一方的に畳み掛けられ、その女子集団は別の所へと移動していってしまった。 なんとなくだが、その集団を見てハルが本当にルックスを重視して体の付き合いをしていたのだとわかった気がする。 「皆派手で顔の良い奴ばかり選んでたんだな」 「そう?勇也の方が可愛いよ」 「…そういうこと言ってんじゃねえし」 「拗ねないでよ、嫉妬してんの?」 誰が嫉妬なんてするものか。ハルが好きなのは俺の顔ではないとよく分かってる。それ以外も全部好きでいてくれるのがハルだ。 「ばーか…」 「あ、バカって言った」 「バカにバカって言って何が悪い」 頬を抓られ、抓り返す。ハルの頬は柔らかくて、まるで子供のそれのようだ。お互い頬を掴みあってじゃれていると、またしても聞き覚えのある声が前方から聞こえてきた。 「おーお前ら、ちゃんと来たんだな!」

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