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第262話Fireworks②
このバカでかい声の主は紛うことなき真田であろう。真田がいるということは…やはり、隣に上杉もいる。
真田はTシャツというラフな格好であるのに対し、上杉は浴衣を着ていた。
「あー!お前らまで浴衣着てんのかよ。なんで俺だけ仲間はずれ?」
確かに男子高校生が浴衣を着るというのも珍しいことだとは思うが、上杉にとってはそれが普通なのだろうか。私服を着ているのも見たことはあるけれど、母親があの人なら普段から着ていてもおかしくはない。
「母と会ったらしいな。この前話をして初めてお前がモデルを頼まれていたことを知った。またうちの母が無理を言ってしまったようですまない」
「ああ、いいよ別に。浴衣貰っちゃったし」
「なら良かった。よく似合っているな、二人とも」
上杉は純粋に嘘をつかないから、その言葉が素直に受け取れる。
「あ、そうだ!こいつらの邪魔しちゃダメじゃん、ほら行くぞ謙太!」
「あ、ああそうだな」
真田が気をつかってくれるのはありがたいのだが、そうも堂々と言われるとこちらが恥ずかしくなってしまう。
真田はブンブンと大きく手を振って上杉を引きずるように遠くへ走っていった。
「全然二人きりじゃないね、ごめん」
「別にいい。お前も騒がしいの嫌いじゃないだろ」
「まあね」
りんご飴を齧りながら、手を繋いでふらふらと屋台の間を歩いていく。まだ食べ終わってないにも関わらずハルが次々と食べ物を購入するものだから、ついに両手が塞がってしまった。
「食べきれんのかそんな買って」
「手繋げなくなっちゃった」
「そこかよ。ちゃんと全部食べるまで次のもん買うなよ」
「はーい…あ、ねえあれなに?あれやりたい」
そう言ってハルが指さしていたのは射的だった。俺もやったことはないが流石に存在くらい知っている。ハルにとっては何もかも初めて見るものばかりなのだろう。
「荷物持っててやるから行ってこい」
ハルが持っていたものを一度受け取り、射的の屋台の前へ行く。景品は子供向けのおもちゃやお菓子ばかりだ。並んでいるのも無論小さい子供や親子連れであった。
その中に飛び抜けて目立つ背の高い顔が整った男がいるものだから、周りから随分注目されている。
「ん〜意外と難しいな。勇也やる?」
「俺もやったことねえけど」
「あと一発しかないけど、やってみなよ」
銃を渡され、荷物をハルの方に戻して渋々それを受け取る。
先程見ていた限りでは、このコルクの弾は狙った位置よりも少し右上に飛ぶらしい。それを考慮して位置を調整し、ポンと軽い音を立ててその弾は景品を倒した。
いつの間にか周りで見ていた子供たちからも歓声が上がる。
「よく一発で仕留めたね」
「仕留めたって…お前がやってたの見てたから出来たんだよ。ほら、これでいいのか」
ハルが狙っていたのは恐らくさっき倒した犬のマスコットのようなものなのだが、本当にこんなものが欲しかったのだろうか。
「ありがとう。この犬なんか勇也に似てるよね、つり目だし下まつ毛書いてある」
「…似てるか?」
目つきの悪い犬のマスコット。ブサ可愛いと言えばいいのか、あまり愛嬌のある顔ではない。それが自分に似てると言われてもピンと来ず、じっと睨み合いをする。
「…可愛い」
「これがぁ?」
「マスコットと勇也どっちも」
「…うるせ」
その安っぽいブサイクなマスコットを、ハルは大事そうに手に取ってニコニコと微笑みながら見つめる。
そんなハルの脛をつま先で蹴って、わざとマスコットから注意を逸らせた。
「痛っ、結構強かったよ今の」
「…俺のほうが可愛いだろ」
冗談めかしくハルの袖を引いてぼそりと言うと、ただからかったつもりだったのにハルはフリーズしてしまった。
「そういうの心臓に悪い、ダメだって」
「冗談だっつの、むしろ笑ってくれねえと俺が変な感じになるだろ」
「可愛すぎるのも問題だよ…これでも食べてな、ほら」
目の前に先程買ったフランクフルトが差し出される。
これは条件反射というかなんというか恥ずかしい限りなのだが、そのフランクフルトの先に愛撫をするかのように口付けてしまった。
またしてもフリーズしたハルを見てようやく自分のやらかしたことに気づく。
「今のは俺が悪かった、だからって変な気起こすなよここ外だからな」
念を押すようにハルに囁くけれど、後退りしてしまうほどハルの目は爛々と光っている。
「…俺のフランクフルトも」
「黙れ噛みちぎるぞ」
フランクフルトに歯を立てて食いちぎると、鳥肌がたったと言いながら震えるようにハル自身の腕を摩っていた。
「あれ、勇也全然りんご飴食べてないじゃん」
「硬くて食えない」
「甘いのそんなに好きじゃないもんね、俺が食べようか?」
「いや、いい。それよりお前は焼きそばと綿あめ片付けろよ」
ハルの手は相変わらず屋台の食べ物で埋まっている。だから綿あめを食べさせろとでもいうように口を開けてこちらを見てくる。
「ったく…手のかかるやつだな」
「そんな所も嫌いじゃないでしょ?」
「…まあな」
三度目のフリーズ。俺が悪いのだろうか。今のに関してはただ本心を言っただけなのだから俺に非はないはずだが。
よく考えてみたら、普段から本心を言うことなどあまりなかったせいなのかもしれない。
「花火始まる前に全部食べろよ」
「あとどれくらい?」
「大体40分後くらいだな」
「けっこうあるね」
花火が始まるまで、買ったものを消費しつつ目的もなく川に沿って歩くことにした。
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