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第263話Fireworks④
川辺には指定席の他レジャーシートを敷いて場所取りをする人々がいた。川の周りには柵が巡らされて、川の中には入れないようになっている。
「どこまでが会場になってるんだ」
「もう少し奥かな、川上まで行ったら流石に区画内から外れるかも」
ハルの言った通り川上に歩いていけば、ビニールテープで区切られたところよりも奥は会場ではないらしく、その周辺も殆ど人はいない。
「ここまで来たら少し遠いかな」
「思ったより広いんだな、会場」
「迷子になったら大変だ」
そう言って確かめるようにもう一度手を握る。自分の手のひらに汗が滲んでいないかが気になったが、お構い無しにハルは指を絡めた。
「ねえ、勇也。この夏他にはどこに行きたい?」
「…海。お前が連れていくって言った」
「そうだね。どうする、また旅行にでも行く?今度は海外にでも行こうか、それとも日本全国色んなところ回る?」
「この夏だけでどんだけ行くつもりなんだよ」
ハルはただ単に出掛けるのが好きなだけなのだろうが、俺にはそれが焦っているみたいに思えてしまう。
焦ることは無い。だってハルはこの先もずっと一緒にいてくれるのだ。いてくれるはずだ。いてくれないと嫌だ。
「……に、いて…よな」
「え?」
「…ずっと一緒にいてくれるよな?」
自分でもなぜ急にこんな事を言い出したのか分からない。俺が分からないのだからハルに分かるはずもなく、急に焦燥に駆られ始めた俺を宥めるように手に力を込めた。
「どうしたの急に」
「お前は居なくなったりしないよな、ずっと変わらないでいてくれるよな?」
「勇也」
ハルの柔い髪がふわりと頬を掠める。俺は抱きしめられていた。それに縋るように背中に手を回し、ハルをきつく抱きしめ返す。辺りに人の数はあまりなかったけれど、今は何故か誰かに見られたらなんて全く気にしなかった。
ハルの鼓動がよく聞こえる。自分の胸でハルの胸が息を吸って上下するのを注意深く感じた。
「大丈夫、ずっと一緒にいるよ」
「…じゃあ、今年の夏に全部行かなくていい」
「全部って?」
「行きたいところがあるなら、来年でもいい。再来年でも、十年後でもなんでもいい…だから」
明日だとか、来年だとか、俺にとってはハルが確証してくれないと来ない気がしてならないのだ。「また来年も」と、その言葉だけで俺は異様に安心してしまう。
焦っているのは俺の方だと分かっている。それでも、来年もとハルに言って欲しかった。夏なんてすぐに終わってしまう。この夏が俺たちの最後にはなって欲しくなかった。
「いいよ、一生かけて行きたいところ全部行こう」
「本当に…?」
「うん、本当だよ」
一生なんて言葉はなかなか使わないし、信じる者も少ないだろう。それでも今の俺にとってはそれが一番の安らぎであり、甘美な響きを持った言葉であった。
ハルの言葉に陶酔したかのようにうっとりとハルを見つめ、その胸に顔を埋めた。
「勇也、酔ってんの?」
「…かもな」
しばらくそのままの体勢でいたところ、子どもたちがこちらまで鬼ごっこをしに走ってきてようやく俺はハルの胸から離れた。
「花火まであと10分か…暇だね」
「今のうちにゴミ捨ててくるか?」
「そうだね。屋台出てるところまで戻らなきゃだけど、人多いし勇也はここで待ってていいよ。ついでにレジャーシートかなんか買ってくる」
軽く手を振って、土手の階段を登っていくハルを見送る。一人で特にすることもなく、小石を蹴飛ばして川に波紋を作り沈んでいく様子を眺めていた。
ふと後ろに気配を感じ、またそれがハルのものでないと直感で分かる。やや身構えながら一歩引いて振り返った。
「奇遇ですね、双木先輩」
「…朝比奈か」
朝比奈は少し息を切らせながら得意気に俺のことを見下ろした。奇遇とは言っているけれど、偶然ここまで来てしまうことは中々無いだろう。
「こんな所で何してるんです?迷子ですかもしかして」
「あいつが戻ってくるの待ってんだよ」
「…なんだ、フラれたわけじゃないんですね」
どうして朝比奈はこう嫌な突っかかり方ばかりしてくるのだろう。その本質としては恐らく構ってほしいだけなのだろうけれど、それにしてもなぜ俺ばかり狙われるのかが分からない。
「お前こそ何しに来たんだよ。構ってほしいなら他を当たれ、真田達も来てるぞ」
「だ、誰が構ってほしいなんて言いましたか!」
「顔に書いてあんだよ」
素直に自身の顔を手で隠す朝比奈を思わず笑ってしまうと、またしても顔を真っ赤にして怒られた。年下の考えることはよく分からない。
「楽しいですかぁ?野郎二人で花火なんて見に来て」
「まあ、俺もあいつも花火は初めてだしな」
「ふーん…」
自分から話をふっかけておいて何故そんなつまらなそうな顔をするのか。どんな答えを期待していたのかは知らないが、俺に何かを期待されても困るだけだ。
「お前こそ何しにきたんだ?なんか話があるからきたんじゃねえの」
「別にそういう訳じゃ…」
「用がないならここにいる意味無いだろ」
「あ、あります!ありますから!」
朝比奈はしゃがみこんで深く息を吐く。どうせまたいびりに来ただけなのだろうと思っていたから、そんなに重要な話があるのかと首を傾げた。
ハルが戻ってきたら面倒だし、そろそろ花火も始まる頃だ。手短に終わる話ならいいが、大事な要件なら無視もできない。
「言ってみろよ」
自分は放っておけない性格なのだと思う。年下となると、つい面倒を見てやりたくなってしまう。
「僕、その、双木先輩に…ずっと言ってなかったことが、あって、ですね」
「なんでそんな途切れ途切れなんだよ。大事な話か?」
「そう、ですね…僕にとっては大事です。自分でも信じられないようなことですし」
なにか悩み事だろうか。自分が力になれればとは思うけれど、そろそろハルも戻ってきてしまいそうだ。
「今まで、先輩にキスしたりしたの…全部嫌がらせじゃありません」
「は?…じゃあ、どういう」
嫌がらせでなかったらなんだというのだろう。つまりあれは何か別の意味を孕んでいたということだろうか。
すぐに考えを巡らせたけれど、その答えまでがすぐに出てくることは無かった。
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