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第264話Sounds
「つまり…どういうことだ?」
思ったままに疑問をぶつけると、朝比奈は地団駄を踏み低く唸った。そんなに俺が理解が遅いのが気に食わなかっただろうか。
「どんだけ察し悪いんですか!少女漫画のヒロインかっつーの」
「いや、少女漫画読まねえしそもそもヒロインじゃねえし…」
「知ってるわ!!」
やけにツッコミにはキレがある。いつも通りの朝比奈のキレ芸とでも言えばいいのだろうか。いつもの調子でついつい笑ってしまう。
「なんっで笑うんですか!人が真剣な話してる時に!」
「悪い悪い、けど本当にわかんねえんだよ」
「…だから、あれにはちゃんと意味があって」
顔を赤くして俯いた朝比奈の顔を覗き込むと、見るなと顔を背けられた。
「なんで黙るんだよ。黙ってたら分からないだろ?」
自分だってハルに迷惑をかけないようにと黙り込んでしまうことがよくあるのに、朝比奈に対しては偉そうに先輩面してこう聞いてしまうのだ。
ただひとつ歳が離れているだけなのに、まるで小さい弟を持った気分だった。
「あーもう!だから、僕は双木先輩のこと__」
その時、ドンと大きな音が鳴り朝比奈の声はかき消された。どうやらたった今花火の打ち上げが始まったらしい。その初めてまともに見た夜空に浮かぶ大きな花からつい目が離せなくなった。
「勇也、ごめんもう始まって…なんでお前がいんの」
小走りでやってきたハルは朝比奈をみて不機嫌なのを顔に出す。当の朝比奈は、何かを期待した眼差しで俺の方をじっと見つめていた。
「悪い朝比奈、さっきお前なんて言ったんだ?」
「は?!聞こえてなかったんですか?」
「だって花火が…」
「ねえ、なんの話してんの」
膨れたハルが俺の袖を引っ張る。二人の板挟みになっている間も花火は打ち上がり続けていた。
「ヒナちゃんこんな所まで来てたの?ごめんだけど用済んだらこっち手伝って!」
今度は走ってきたのであろう汗だくの滝川だ。屋台の手伝いのことなのだろうが、まだ何か言いたげな朝比奈をぐいぐいと引っ張って連れていこうとする。
「ちょっと、まだ話が…!」
「充分時間とっただろ!頼むよ〜」
「あ、クソッ離せ!」
朝比奈の力に適わなかったのか細身の滝川はその場に尻もちをつく。ハッとして朝比奈が手を差し出すと、その手を掴んだまま無理矢理滝川が朝比奈を引きずっていこうとするがまるで前に進んでいない。
「…滝川、体力なさすぎ」
抵抗をやめた朝比奈が溜息をつき、俺の方を睨んでから舌のピアスを見せて逆に滝川を引っ張りながら背を向けた。
「…また今度、絶対に言いますから。次は聞き逃さないでください」
「待ってヒナちゃん、俺そんな早く歩けない」
「うるせー、早く行くぞ」
花火をBGMにその様子を見送ると、明らかに不機嫌なハルが後ろから帯を引っ張ってきた。
「ねーえー、なんの話してたの」
「朝比奈が俺に物申したいことがあるって…」
「へーえ…わざわざ俺がいない時を見計らってたわけね」
「けど肝心な部分は花火で聞こえなかったな」
「そんな少女漫画じゃあるまいし…」
また少女漫画か。少女漫画なら、ヒーローはハルであろうか。見た目やスペックはヒーローそのものだが、これだけ性格が悪ければ普通のヒロインは幻滅してしまうだろう。
「…やっぱ俺しかいないよな」
「え?何が?」
「なんでもねえよ。初めての花火、どうだ?」
流石に今の話題転換は無理があったと思うが、ハルはまじまじと花火を見つめてその綺麗な顔を花が咲いたみたいに微笑ませた。
「うん…綺麗、凄く」
「思ったより迫力あるもんだな」
「けど勇也の方が綺麗だよ」
「ベタすぎんだろ」
ハルが頬に手を添えてきて、ハルが触れた部分が熱を持っていく。恥ずかしさに目をそらすと、不意打ちに頬へキスをされた。
「おい、外だぞ」
「さっきまで抱き合ってたのに今更でしょ」
「それは…別に」
買ってきたのであろうレジャーシートを敷いてその上に座り、悪戯に笑いながらハルが顔を寄せてくる。
「浴衣、本当に似合ってる」
「…やめろよ、急に」
「好きだよ」
「やめろって」
もはやハルは花火など見ていないのでは無いだろうか。耳にキスをされ、身をよじれば手を繋がれて頬に、瞼に口付けされていく。
心臓は鳴り止まない。ハルにキスされるのなんていい加減慣れたはずであるし、もっと先のところまで行っているにも関わらず緊張してしまう。
自分の好きな人が自分を好きでいてくれることは奇跡なのだと常々思う。愛おしさに胸が痛むようだった。この温もりを決して失いたくない。
「ハル…」
この世界が、俺とハルの二人だけならいいのに。引き寄せられるようにキスをしようとすると、またしても背後に気配を感じる。
『この前はよくもやってくれたな、小笠原遥人に双木勇也…』
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