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第265話Sounds②
そこに居たのは一人ではなく複数人の男。顔にはぼんやりと見覚えがある。
「は…?誰、君たち」
「お前覚えてねえの?」
「うそ、知ってる人?」
そこに居た輩は、まさに去年俺が人質に取られた時のあの日あの場所にいた面々だ。きっちり例の三人組もいる。
『忘れたとは言わせねぇぞ!あのときの礼をきっちりかえしてやらねぇとなぁ…』
『つーか、ユウコちゃんと小笠原遥人がホモで付き合ってるって噂マジだったんだ、ウケる』
『悪いなぁ小笠原、お前の彼女の口にお世話になっちまって』
口々に汚い言葉を述べるそいつらを、ゆらりと立ち上がったハルは無表情のまま見つめた。これは確信を持って言えるが、ハルは俺の事を悪く言われて今非常に怒っている。
かく言う俺も立腹していた。あの三人のうち一人はハルに重症を負わせた張本人だ。あの時の借りを返すためにもまた一発御見舞してやらないと気が済まない。
しかし俺もハルも、最もらしい理由は他にあった。せっかくの恋人との甘い時間を邪魔されたのだから、こいつらをタダで帰す訳にはいかない。
『なんだよ、お前らもやる気__』
三人組のうちのサイド二人を俺とハルがそれぞれ殴るのはほぼ同時であった。殴られた二人は見事に後方へと飛んでゆく。
「冷やかしでもなんでもいいけどさぁ、こっちには二人きりの花火大会でそういうムードっていうのがあるわけ。それを台無しにしたんだから分かってるよね?」
『ムード、って…そんな、待ってくれ!』
「…よくもまた面見せやがったな。死にてぇ奴から前に出てこい」
相手の言い分を聞くまでもなく、目に入った者から殴り飛ばしていく。しかし浴衣というのはやはり動きづらい。蹴りあげようとした脚が上がらず隙をつかれてしまった。
しかしどういう察知能力をしているのか、俺の方が危なくなるとすかさずハルのヘルプが入る。
「ハル、余計なことすんな」
「俺が手出さなきゃやられてたよ。腕鈍ってるんじゃない?」
「俺一人で充分だっつーの」
『余所見してんじゃねえ!』
後ろから殴りかかってきた奴を避けてそいつの腕をハルが掴む。二人とも動いたせいか大分浴衣が乱れてしまった。
相手もなかなかしぶとく、しばらく殴り合いを続けているとどこからがパトカーの音が聞こえてきたきがした。俺も周りも、経験上その音を聞いて皆ハッとする。
『こっちです!喧嘩してる人達が…』
そんな誰かの声が聞こえてきて、野次馬の子供たちも集まりつつあった。
『くそ、誰かサツ呼びやがった!』
そいつらが散り散りに逃げ出すが、よく考えたら俺とハルも逃げるべき立場だ。
「ハル、逃げるぞ!」
「えー俺達悪くないのに?」
「殴り合いに参加してた時点でサツからしてみれば同じだ、屋台の方まで行けば客に紛れて誤魔化せる!」
ハルの手を引いて花火を眺める客の間を掻き分け、屋台のあった方まで走り抜ける。途中からいつの間にかハルが俺の手を引いて走っていた。
「せっかくの花火なのに、全然楽しむも何も無いね」
「今それどころじゃねえだろ」
「騒がしいのは嫌いじゃないけど、ちょっと騒がしすぎたかな」
しばらく走ればもう追いかけてくる気配も無くなってくる。人のいない木陰に入り、お互い肩で息をしながらその場へ座り込んだ。
「ここまで来りゃ、もう、大丈夫だろ…」
「あ〜つかれた…浴衣直してあげるからおいで」
無言で立ち上がると、ハルが後ろから手を回して乱れた浴衣を直していってくれる。ハルの手が肌に触れるのに緊張して無駄に胸が高鳴っていたが、途中からその手が明らかに体をまさぐり始めていることに気づく。
「おい…やめろ、ばか」
「何が?」
「変なとこ、触ん、な…」
抜け出そうにも後ろから抱きしめるように拘束されているので思うように動けない。
「変なとこってどこ?」
「いい加減に…やっ…あ」
漏れた声を袖で覆い隠すように塞ぐ。ピアスにハルの歯が触れてカチカチと音がした。それだけで俺の口からは熱を持った吐息が漏れていく。
「はる…やめ、あっ…やだ」
「嫌だって言われるともっと意地悪したくなる」
脚の間にハルの脚が捩じ込まれ、俺のものを膝でぐりぐりと刺激する。いくらここに人がいないとはいえ、少し歩いて土手に上がってしまえば屋台の明かりと人だかりが見えるはずだ。
「んっ…ん、う…やめ…あっ」
「興奮してきた?」
「ちが…あぁっやだ、はる…おねが、やめ…誰かに、見られ…」
「皆花火しか見てないよ」
唇を重ねられて舌が口内を蹂躙すると、思考は蕩けて自らハルの舌を追いかけるように絡め返す。
こんなところいつ人が来るかもわからないというのに。背徳感を感じながらもこの心地のいいキスがやめられない。
ラストの一番大きな花火が上がり、周りから歓声が聞こえてきたところでようやく唇が離れて糸を引いていった。
「花火どころじゃなかったね」
「…ばか、どうすんだよ」
「そんな顔のまま人前出られないね」
自分がどんな顔をしているのか分からないけれど目と口に力がうまく入らなくて、熱がこもっている。
息を弾ませハルの襟元を掴んだまま離れられなかった。
「早く帰りたい?」
「うるせえ、分かってるくせに聞くな」
「楽しかった?花火大会」
「…まあまあ」
もう一度手を繋ぎ直して、周りに顔が見えないよう俯きながら人混みの中に溶けていった。
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