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第266話Sounds③
結局、ハルが屋台に目移りしてすぐに帰ることは出来なかった。
「ヨーヨーやりたい」
「ゴミになる、ダメだ」
「金魚すくい」
「自分のこともまともに出来ないやつはやっちゃダメっていう決まりなんだよ」
金魚は育てていくとどんどん大きくなっていくらしい。そのうち水槽に入り切らなくなるなんて話も聞いた。それでも欲しいと言われるかもしれないが、ハルがちゃんと世話をできるとは思わない。
「ちゃんとお世話するもん」
「もんじゃねえんだよ、ダメなものはダメだ」
「自分のこともちゃんとやるから、だから金魚…ダメ?勇也…」
「…今回だけだぞ」
やってしまった。ハルのこの顔を見ると条件反射で許してしまう。ハルはパタパタと駆けながら金魚すくいを目指していく。
「この大きいの取りたいな」
『兄ちゃん、そいつは難しいよ』
「絶対取ります。一回いくらですか?」
『300円だよ』
ハルがしゃがんで金魚すくいを始めると、周りに子供たちが集まってきた。
その大物を狙うと、ポイはすぐに破れてしまう。その度に子供たちからブーイングがおこった。
「もう一回お願いします」
諦めずに何度もその金魚と格闘し、ようやく十個目のポイでそれを掬った。本人や周りの子供たちは満足そうだが、俺は軽くため息をついてハルの隣に座り込み肩に顎を載せる。
「いくら使ったんだお前」
「十回だから三千円?」
「お前がそれでいいならいいけど、ちょっとは金の使い方考えろ」
「ごめんなさい…ねえ、勇也なんでそんな近いの?」
ハルが振り向けばキスしてしまいそうな距離に、ハルは耳を赤く染める。
「…そういう気分だった」
金魚を受け取ってすぐに立ち上がったハルのせいで顎を強打し、それを押さえる間もなく手を引かれて人混みの中を進んでいく。
「おい、なんか言えよ」
「我慢できる気がしない。勇也が悪いんだからね」
いよいよ会場の外へ出ていく。途中でもしかしたら朝比奈や滝川の屋台の前を通ったかもしれない。けれど今の俺には目の前のハルしか見えていなくて、ぼんやりとした提灯の灯りをバックにその項を見つめていた。
「金魚、どうすんだ」
「小さい水槽あるからそこに入れる。大きくなったらまた考えよう」
「餌も含めて明日買いに行くか」
「うん。それより今は…」
ハルが用意した小さな水槽に金魚を入れると、その中をゆらゆらと泳ぎ始めた。しばらくその尾が揺れるのを眺めてふと後ろを振り返る。
「勇也」
余裕無さげに重ねられた唇は貪るように俺の唇を食み、舌をねじ込んでいく。
「はる…んっ、風呂、まだ…」
「一緒に入る」
「バカなこと言うな…おい!担ぐな降ろせ!」
ハルに担がれたまま脱衣場の鍵を閉められ、スルスルと帯が解かれてゆく。抵抗したものの浴衣は帯さえ取れれば簡単に脱げていってしまう。
「ハル…いい加減にしろ、おい、ちょっと待てって」
「ね、勇也お願い。一緒に入るの嫌?」
「嫌とかそういうのじゃねえって…ただ」
そこで俺が俯いて吃ると、言葉の続きを尋ねるようにハルが顔を近づけて首を傾げる。またその目で見つめられるとどうしようもなくて、熱くなった顔を隠しながら続きを紡いだ。
「今更だけど恥ずかしい…つーか、なんていうか」
「旅行の時だって一緒にはいったじゃん」
「あれは、だってそういうもんだろ」
「恋人同士でお風呂入るのは何ら変なことじゃないでしょ?嫌じゃないなら入ろ」
なにか言い返す前に下着を剥がれバスタブの中に降ろされた。自動のボタンを押してハル自身も俺と向かい合わせに空のバスタブにしゃがみ込む。
「今からお湯貯めるからちょっとまっててね」
バスタブが大きいから狭いとまではいかないが、二人で入ると必然的に足が触れ合う。それが気になって足を引っ込めると、ハルが距離を詰めて脚を絡ませてきた。
「近い…どっかいけ」
「いいじゃんこれくらい」
「体流さなくていいのか」
「流してあげよっか」
嫌な予感がする。それは的中して、ハルはその長い腕を伸ばしてシャワーを手に取ると、冷たい水を俺めがけて頭からかけてきた。
「なにすんだよアホ!」
「怒った顔も可愛いよ」
「うるせぇそれ貸せ!」
シャワーをぶん取って俺も負けじとハルにシャワーをかける。何がそんなに面白いのか、ハルはケラケラと笑っている。
「…楽しいか?」
「うん、楽しい。勇也といるから」
「…花火全然見れなかったな」
「ごめんって」
「だから…また」
その続きはハルに言って欲しかった。ハルが言うことで、俺の心が安らぐのだ。
「来年も行こうね。今度こそ二人きりになりたいし、もう少し遠くの花火大会見に行こう。ついでに旅行もしてさ」
「…うん」
「どうしたの急にしおらしくなって。可愛いからいいけどね」
近づいてきたハルが俺を抱きしめる。嫌がることはしなかった。だって嫌じゃなかったから。
水に濡れた肌同士が触れ合って心臓がうるさく鳴り始める。
「お前、ここ殴られたの?」
ハルの肩辺りに痣が出来ている。それを手でそっとなぞると、擽ったそうに身をよじった。
「勇也が怪我しなくて良かった」
「…殴られるとかダセェ」
「そんなこと言ってたら守ってあげないぞー」
「守ってもらわなくて結構…もう、怪我とかすんなよ」
どうして俺が傷つかずハルが傷つかなければならないのだろう。傷を負うのは全部俺でいい。ハルにはずっと綺麗でいてほしい。
肩にできた痣に唇を付けて、その上に自分の印を上書きするように吸い付いた。
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