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第273話Ocean③

「父さんと信代さんって、少し似てるよね」 「信代さん?ああ、虎次郎の奥さんか。初めて言われたよ、あの人の方がずっと美人だったろう」 「顔じゃなくてなんか雰囲気っていうか…」 ハルが俺も思っていたことをストレートに聞いてしまった。いきなりそんなことを聞いて、変な風に思われないだろうか。 「気のせいだよ。似ているといえば落ち着いているところくらいじゃないか」 「父さんの妹…叔母さんって、信代さんに似てた?」 ハルの父は黙ってしまう。妹の話に関してはタブーのような気がしていたから、やはりこの話題はまずかったかもしれない。 「いいや、そんなことはないんじゃないか?」 その声色は思っていたものとは違った。昔の記憶から妹を思い出して、それを信代さんと照らし合わせていたのだろうか。普通に考え込んだ末の回答のように思える。 「確かに妹も美人だったけれど、病気をしている割に随分と活発で明るい子だったから…信代さんとは似ても似つかないな。小さい頃は恥ずかしがり屋だったが落ち着きはなかったしね」 妹のことを懐かしむようにそう話す声は暖かかった。 信号で一度車が止まり、その間にハルの父がまたこちらを振り返る。 「その、せっかくだから今日はこのままうちに泊まっていかないか。嫌だったら勿論強制はしないが…」 その提案に俺は少しばかり驚くが、ハルの父は恐らく寂しいのだろう。家に一人、息子も妻も帰ってこないとなるとハルに帰ってきてほしいと思うのも無理はない。 「え、なに急に…勇也はどうする?」 「泊まっていけよ。せっかくなんだから」 「いや、双木くんも一緒に泊まっていっていいんだよ。部屋はあるし、遥人と同じ部屋がいいならそれでもいいが」 まさか自分もとは流石に思っていなかった。いや、しかしよく考えればここでハルだけを誘うのも不自然だ。 他人の家に泊まったことはここ最近で何度かあるけれど、恋人の実家ともなると緊張感が違う。 「えっと、その遥人く…ハルの、お父さんが迷惑でなければ…」 緊張で変に吃ってしまった。ハルと呼んでいるのがバレているのならハルと呼んでも良かっただろうか。それとも遥人くんと畏まって呼ぶべきだっただろうか。 「迷惑なんかじゃないさ、歓迎しているよ。それと、その呼び方は少し堅くないかい?私のことは綾人さんとでも呼んでくれればいい。お父さんと呼ぶのは…まだ早いかな」 この人でも冗談なんて言うのかと思いながら小さく返事をする。 「じゃあ、お言葉に甘えて…泊まらせていただきます」 「ああ、是非。そんなに緊張しなくていいのに」 「ちょっと、勇也とあまり距離縮めないでよね」 「いいじゃないか少しくらい仲良くなったって。遥人のこと、たくさん聞きたいしね」 朗らかに笑うところはハルに遺伝している。ハルも歳をとったらこの人のようになるのだろうか。 だとしたら当分禿げないだろう。それに綾人さんは歳を重ねてもそのルックスの良さは健在である。写真の中の美少年がそのまま大人になったと言っても過言ではない。 これで見るのは二度目になるが、しばらく車を進めると現実離れした大きさの豪邸が視界に映り出す。この広さの家に綾人さんが一人でいるのはどれだけ寂しいことか。 「降りたらタオルだけ回収してもらってもいいかな」 「はーい。あ、勇也は俺の部屋に連れてくから。用がある時はノックしてよね」 「なるべく二人の邪魔はしないようにするさ。けれどお話くらいはさせてくれたっていいだろう…」 「あーもーわかったってば」 成程、綾人さんも捨て犬のような目ができるのか。あの目には流石のハルも勝てないらしい。 「勇也、とりあえずお風呂入っちゃおう」 「そうだね、風邪をひくといけないし…二人ともまさか一緒に入るのかい?」 「あ、いや俺は後でいいんで…」 「二人一緒に入るよ、別にいいでしょ」 俺の止める声も聞かずハルに手を引かれるまま浴室まで連れてこられた。 昨日浴室であんなことがあったから、素直にそのまま入るわけにもいかない。 「お前が先入れよ」 「なんでよ、風邪ひいたら困るでしょ」 「…お前が何もしない保証がない」 「やだなぁ流石に今日は何もしないよ」 ハルよりも先に浴室に入り、真っ先に体を洗う。海水のせいか少しベトベトしていて、ようやく風呂に入れてさっぱりした気分だった。 「え〜俺が洗ってあげるのに」 「そういうのいらねえって言ってんだよ」 「頭もよく洗いなね、多分ギシギシだから」 乱雑にシャンプーを泡立てて髪を洗う。ふといくつか並んだシャンプーが目に入ったが、育毛シャンプーなるものも並んでいてつい綾人さんの頭を思い浮かべてしまった。 こんなの失礼だ。それにまだあの人は大丈夫、禿げてない。けれど気にしているのだろうか。 「耳ん中洗った?」 「あ?んなもんシャワーで流しゃいいだろ」 「だめ、潮固まったら多分不快感やばいよ」 徐ろにハルの指が耳の中に突っ込まれ、水圧の弱いシャワーで洗われる。 耳が弱いゆえにそれすら少し気持ちよくなってしまって、ひたすら声を出さないように努めた。 「ん…っも、いい、だろ」 ちらりとハルの方を見やるが真顔のまま俺の耳に指を突っ込んで掻き回している。まさかとは思うが聞こえていないのだろうか。 「おい…ハル、もういいって」 「え?ああ、ごめん可愛くてつい」 「俺もう出るから」 「待って俺も」 ハルの家も俺からしてみれば充分な広さであったが、ここはそれ以上だった。ハルによればここは三十年近く前に建てられたらしいが、一度改築をしていることもあってか綺麗だ。 脱衣所も部屋一つ分位の広さがある。 「俺の部屋から着替え持ってくるから待ってて。一応用意してくれてたみたいだけどバスローブなんて着たくないでしょ」 確かに、入った時にはなかったタオルとバスローブが脱衣所に置かれている。ハルは腰にタオルを一枚巻いただけの姿で廊下に出ていってしまった。 仕方なくハルが来るまで頭からタオルを被ってしゃがんだままじっと待った。

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